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2008年04月05日 ()
■ARIA The ORIGINATION #13 「その 新しいはじまりに…」
 グランドフィナーレとしてはこれ以上なく完璧であったと思います。 
 でも残念!いつも言ってるけど、私、完璧なものはキライなんだよね!(うわぁ

 アリシアさんの引退セレモニー。挿入歌が流れ、ゆっくりとARIAカンパニーの歴史が受け継がれていくそのシーンで、本来視聴者は第一期からのアリシアさんとの思い出なんかを走馬灯として反芻しながら万感の想いをもってそれを見守るのが正しいアニメの見方なのでしょうが、私はそれができなかったのでちょっとなんというかもうアレな感じ。
 だって3年前のことなんてもうろくすっぽ覚えてないもの!まあ強く思い入れできない自分のせいなんだけど。
 っていうか、アリシアさんて実はそんなに印象深いことしてないよね。いや、オールで帽子拾ったりとか超絶テクニックと生まれついての「自分の見せ方名人」っぷりとかあるけど、それはウンディーネとしてのアリシアさんであって、「みんなが知らないボク達だけのアリシアさん」的な、素のアリシアさんの姿っていうのははっきりいってほとんど出てこなかったような気がする。せいぜい3期に入ってからの、アリスに突っ込まれた時の頬染めアリシアさん以降の数回くらいしか「ホワイトスノー」でないアリシアさんは見た記憶がないっていうのがあって、まあ普段から素か猫被りかわからないっていうのもあるんだけれども、少なくともアリシアさんは常に「余裕」を装っている節はあって、それはつまり素の自分を隠したペルソナ、まさに「雪のように気高く美しい自分」を半ば無意識的に演出する術を身につけていたのではないかな、とかそういうように思ってしまった。
 もともとARIAカンパニーの面々は天然が入ってるので、計算と天然の境目が周囲にはわかりにくくって、それは良いことではあるんだけれども、でも完璧に天然先行型の灯里と違ってアリシアさんは「素の自分を出すことを恐れている」という印象は拭えない、というか彼女には明らかに表と裏がある。あけすけに見えてその実、弱点を隠そうとし、そしてそれができてしまう器用さを持っている。ARIAカンパニーという「家」にすら人生の伴侶の存在を隠し通すという少々不可解な事実なんかに、自分は不穏なものを感じずにはいられないのである(実際には原作者さんによる配慮とかいろいろあるんでしょうけど)。
 ああ、なんという捻くれた思考であることか。
 ただでもそういう受け取り方っていうのはアリシアさん腹黒説を唱える人たちにとっては結構馴染みやすいところなんじゃないのかなぁとかそういう風には思うのです。喜怒哀楽の感情を素直に出せる人っていうのは他人からのそれを受け止めることができるけれど、そういったものを見せようとしない人というのは、それを出すのを「恥ずかしく思う」、つまりそれを弱さとして認識しているところがある。強くあらねば、という気負いが仮面を被らせる。もちろんアリシアさんのそれは「人を不安にさせないための方便」というのはあるのだけれども、それは逆にアリシアさんが「人の不安な姿を見ると自分も不安になるタイプ」である可能性を示唆しているとも言えなくもないので。まあ単にアリシアさんが過去に何かあったのかもわかんないけど。

 で。
 自分はその「隠されたアリシアさん」「隠そうとしたアリシアさん」をずっと見たかった。
 ARIAというアニメは、主人公に感情移入していく追体験型というよりかは、少し離れた場所からキャラクターの営みを覗き見る観賞型のアニメ。
 視聴者は「惑星アクアに暮らしているヒロイン達の知り合いとして彼らとのひととき過ごす」のではなく、「箱庭に生きる愛らしい生き物たちの赤裸々な姿を眺めて楽しむ」というスタンスが強い。であるがために、その世界観を壊すような闖入者を拒むきらいがある(こういった者は信者と呼ばれる)わけなんだけれども、そういう「覗き見」的な楽しみをするとき、結構重要なのは「他では見せない可愛いところをおいらたちには見せるんだぜ!」的な意識。警戒心の強い動物が自分にだけは心を許すときのなんともいえない昂揚感。まあその根っこにあるものについてはここではあえて触れないことにするけれども、そういう、「特別感」というのは大事なファクターだとおもうわけで。

 こういう方法論っていうのは「萌え論」に直結するんで、純然たる萌えアニメでないこの作品にそういうのを求めるのは若干筋違いであるわけんだけれども、でもやっぱり、人と人との繋がりにおいて必要なのは弱さを見せ合える勇気だとぼくはおもうんだ!
 灯里に甘えるアリシアさんとか超見たかった。お休みだから寝坊しちゃって涎たらしてるところを灯里に起こしてもらったりだとか、先輩さんにドジッ子だったころの失敗談を突っ込まれてあたふたするところとか(これは一応劇中でちょろっと触れたけども)、あまりの忙しさについ灯里の天然ボケにイラッときたりだとか、そういうアリシアさんを見たいんだよ!(妄想乙)
 まあアリシアさんのキャラ的にそういうのはナンセンスだとかそういうのはあるんでしょうけども。

 っていうか、こういう考え方ってたぶんみなみけおかわりのスタッフのそれとちょっと被るんだろうなぁとか思ったらちょっとアレな気分になった。アリシアさんって春香のポジションなんだよなぁ。生理痛で当り散らすアリシアさんとかってフユキ来誕時の春香と同じくらい「キャラに合わない」妄想なんだろうね。まあ私はアリシアさんのことなんて大して知らないからしょうがない。うん。

 
 …。
 内容の話しとこうか。

 後日譚。概ね予想通り、というよりかは完璧に予定調和かなぁ。意外性という意味では、特筆すべきことは何一つない感じ。
 あ、アル君が成長期終わってなかったというのは意外だったかも。
 あ、あと暁フラグって実は立ってないよねとか思ってたけど思ったよりは立ってるのかなぁみたいなのはあった。でもそれと同じくらいにウッディフラグも立ってると思う。
 あ、アテナさんオペラデビューはちょっと意外だったかも。でも考えてみるとウンディーネよりかは芸能界向きなんだよなぁアテナさん。気遣いの人だし、天然癒し系バカキャラだし。
 
 あとはなんだろう。

 アイちゃんの物語は、ちょとみたいかも。灯里よりかは主人公向きな気がする。

 とにもかくにも、グランドフィナーレ。おつかれさまでした。
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[2008.04.05(Sat) 12:57] アニメ最終回Trackback(0) | Comments(0)
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