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リストマーク D.C.II ~ダ・カーポII~ 最終回 

2007年12月25日 ()
■D.C.II ~ダ・カーポII~ 第13話「桜笑み君想う」
これはひどい。何の心苦しさもなく年間ワースト認定できるか。

義之が小恋に振られたことも美夏ぴーんち!も気にせず寝坊して、
あまつさえ夢に見るのはさくらであるとか、
学校全体が美夏のために授業ボイコットとかギャグで言っているのかとか、
美術部がバリケード作って~のくだりで「光画部か」と思ったとか、
美夏が何故「あと3日だけ」と言ったのかが気になって仕方ないとか、
小恋が美夏のためにそれほど一生懸命になる意味がわからないとか、
無理矢理バンドEDに繋げる卒業式とか、
ツッコミどころが多すぎるアホベタ展開に苦笑しっぱなしの30分でした。

主体性の欠片もないモブ学生どもの方がロボットなんじゃないのか。ほんの少しの出来事で回れ右して一致団結する有象無象の姿が正直ものっそい怖かったです。いつの時代も、一番怖いのは自分の意思を持たない大多数の「善人」。

このアニメが何を伝えたかったのか、というのは正直わかんなかった。敢えて言うなら、第二期に向けて邪魔臭い不人気ヒロインフラグを消化した、という印象。多分それで全部。

ぶっちゃけた話、今回みたいな脚本で何かしら感動をさせようとスタッフが考えているとしたら、それは視聴者をなめすぎだと思います。それでも満足できちゃう一部の心の広い視聴者さんには本当に頭が下がると同時に、そんな出来のものを許してしまう事に対して若干の憤りも感じてしまうかな。それは甘やかしでしかないと思うので。まあどうせ私はDVDも関連グッズも買わんから別に良いんだけども。

とは言うものの、突き抜けたひどさのお陰でワースト確定って自信を持って言えるのはちょっと良いかも。悪い意味だけど、記憶には残るから空気アニメよりはマシなのかな。
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[2007.12.25(Tue) 23:54] アニメ最終回Trackback(0) | Comments(10)
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COMMENT

by halogen
>満足できちゃう一部の心の広い視聴者さん
思いっきり私が該当しそうですね(笑)。
でもまぁ、私は別に出来が悪いと思って見てるわけじゃないですし、そもそも出来なんて気にして見たことはほとんど無いですけどね。
客観的な出来なんて自分に判断できるはずもなし、判断した所で得も無し。
ようは自分が楽しめるか楽しめないか、ただそれだけなのです。

>若干の憤り
に関しては、どんなものでも楽しめるのはいるはず(たとえば「ツッコミどころが多すぎるアホベタ展開」そのものをネタとして楽しむこともできるはず)で、何事でも楽しめない人は哀れな人(=当然自分も含む)と思ってしまうのが私。
そういう意味ではお互い様でしょうか(笑)。

まぁここまでのは個人の勝手な感想ですし、一般的に見て評判は凄く悪いだろうなぁとは思いますけども。
「そんな出来のものを許してしまう事に対して」だなんて思い上がっている人には言われたくない気もします。
私も関連商品は買いませんけどね(笑)。

>アニメが何を伝えたかったのか
例によってそんなものどうでもいいというのが私なのですが、それはともかく。
「何が伝わったか」なら直前の段落で書かれてる感想(怖かった云々)とかも十分該当しそうに思うんですよね。
「何を伝えたいか」はその有無すら分からなくとも「何も伝わらない」ものなんてそうそう無い気もします。

どもですー by むにゅ
>思いっきり私が
はい、全くもってその通りですw halogenさんのポジティヴに何でも受け入れる器の広さにはホントに頭が下がります。
 まあ私も主観で見てるのは同じ。私はストーリー的整合性はあまり気にしないんですが、キャラクター的整合性はどうしても気にしてしまうので、それが軽視されてるとダメ作品扱いしてしまうってのはあります。要は自分は楽しめなかった、ということなんですけど。

 憤り云々に関してはそうですね、結局のところは「見本と実品とのギャップ」とか「提供する側の意識の低さ」の問題なんだと思います。
 例えば【海鮮丼】というメニューがあって、鮭・ウニ・イクラ・甘エビ・帆立・蟹がバランス良く並んで、傍らに箸休めのガリ、という感じの写真が載ってたとします。で、いざそれを頼んでみたら鮭が半分を占めてウニ・イクラ・帆立・甘エビは申し訳程度、蟹に至ってはほぼ殻だけのスッカスカでしかもガリも妙に多くて風味を殺してる状態の物が出てきたら、そりゃ文句も言いたくなろうというものですよ。それぞれの配分が多少増減するのはまだしも、ほぼ鮭じゃねえかと。「鮭好きだから平気」とか、そういう以前の問題ですよ。しかも「ウニとイクラが好きなら超・海鮮丼をどうぞ」とか後付けで言われる始末。それは客に対する誠意を疑っても仕方ないかと。
 お客さんにそういう売り方をして平然としてることに対してそれ良くない、というのを「その店に入らなければ良いじゃない、ダメ出しなんて思い上がってる」と言われちゃうのならまあそれは仕方ないけど、でも私はちゃんと言うべきだと思う、ということです。私はその店の「写真と実品のギャップ」は前例を見て知った上で入ったから別に良いけど、そうでない人が入ることも考えたらそういうことは改善して然るべきだと思います。
 突き詰めた主観(嗜好)のレベルでは相容れないのだから、そうでないレベルでの「商品見本と提供する商品」というのは最低限一致させられる部分ではないかと私は思うんですけどねー。


>何が伝わったか
 これも、突き詰めたら「送り手と受け手の利害の一致」に関係するとこなんですけど長くなるのでまた別の機会に。

by halogen
>ストーリー的整合性
>キャラクター的整合性
私は完全に逆ですね。
物事は原因があって結果があるのなら、物理的なストーリー展開がおかしければもうどうしようもない。
でも人の気持ちの移ろいなんて本人にすら分からないもの、そういう意味で、見れば見るほどそのキャラの新たな一面が分かってくるという感じでいます。
なので、一見違和感・不整合感があったとしても、それはまたその子の別の一面なんだなぁと。
所詮人間の心なんて誰にもすべて理解できるはずなど無いのだから、分かった気になるほど損なことは無いというわけですね。

>「見本と実品とのギャップ」
海鮮丼の喩えは面白いですね。
私は見本を見ずに注文しているから素直に楽しめているのかな、等と思いました。
このお店の海鮮丼は≒で鮭丼なんだなぁ、という。
ちなみに私は鮭大好き(ついでにガリも)なので、その意味でもこの例えはぴったり?(笑)

まぁ次に頼めばウニ丼が出てくるかもしれないというのが批判の主題なんでしょうが、私は味さえしっかりしてたらバランスはどうでもいいですね。
たとえ見本を見て頼んだとしても、美味しければそれは素晴らしいもの。
むしろ毎回違うのが出てくるとしたら、日替わりランチみたいな楽しみ方も出来ますし(笑)。

私が楽しみたくても楽しめないとしたら、たとえ見本通りでも味がさっぱりなものとなるんだと思います。
どれだけ提供側の意識が高かろうが誠意があろうが、不味ければどうしようもないと思ってしまうので。
まぁその場合、私はその店の誠意なんて感じ取れない可哀相な人となるのでもありますけどね。

ちなみに、私はイクラも好きなわけですけど、乗ってると明文化されてる物が全く乗ってない以外なら、ゼロでは無いのならバランスに関してさほど文句はありません。
まして明文化されてないのなら、それはもう乗ってると思いこんだ方が悪いというもの。
アニメ批評に対する批判の一つとして「それは勝手な思い込みだろ」というのがありますが、海鮮丼と見本なしであるメニューを注文して、イクラが乗ってないことに怒りだすのはバカではないかと言いたいわけです。
他の店ではそうであっても、この店は違うんだよ、と。
今回はこの件は焦点でないであろうので、少し話がずれてしまい申し訳ないですが。

>私はちゃんと言うべきだと思う
本人は言いたいことはちゃんと言うのはいいことだと思いますし、私もそういうはっきりという人は大好きです。
筋がしっかり通っているのなら。
思い上がっているとすれば、それを他人にも要請してる風であるというところかなと。
自分はそう思っても、他人が全て同じ印象とは限らない、ということなのですよ。

遅くなりました by むにゅ
>私は完全に逆
スタートから完璧に対極の立場で見てるわけなんですねー。なっとくです。人を描くためになら世界の改変も辞さないというウチの立場はhalogenさん的にはアウトなんですねー。って、このアニメは物理的なストーリー展開的にもぐずぐずだったような気がするんですけど。まあいいや。

>人の気持ちの移ろいなんて本人にすら分からない
おっしゃる通りです。所詮他人の心なんぞわかりはしなくて、目に見える行動・耳に出来る言動からその内面を類推するしかない。わかったつもりになっても誤解だってあるし本当の意味での理解は難しいです。
じゃあ見たままをすべて受け入れるのが良いかって言えば絶対にそうじゃないと私は思ってます。行動に裏にある意思、というものを暗に示すことだってある。なのはさんが魔王に見えたら「ああ、なのはさんて白い魔王なんだー」と思っちゃうか、といえばそうじゃないですよね。それまでの行動や積み重ねの結果を踏まえた上で総合的に「いやなのはさんはみんなのことを心配してるからこそああいう事をしたんだよ」という風に受け取るわけで。いや私は「それまでの積み重ね」というのが今一つ土台として見えていなかったんで「連日の疲れでテンパってたから頭の悪い教え子にキレた」と解釈せざるを得なかったわけですけど。

>見本を見ずに
ですよねー。そうだと思ってましたw

>まぁ次に頼めばウニ丼が出てくるかもしれないというのが批判の主題
近いですけどちょっと違いますかね。ソフトバンクのCMなんかに似た「誤解を誘発する宣伝」という感覚です。
まあでも考えてみたら問題はそこじゃない気がしてきましたー。
「なんだか、鮭とガリが大量に余って傷んじゃいそうだから、本来はバランス良く並んでいるところを鮭多めガリ多めにしてみた」というのがカウンターから見えたような感覚です。
実際どうなのかは問題ではなくって、「そう見えた」のが何より重要なんですよ。人の心なんて所詮わからないわけですから、どう見えたかで判断するしかない。「人気のないヒロイン2人をさっさと片付けて本番は二期だよ」みたいに視聴者に思われてしまうような番組作りが推奨されるわけはない。自分は楽しめたからいーや、で済ますのは簡単だけれども、そういう事を当たり前のようにやるような輩は次は賞味期限切れの鮭を平気で出してくるかもしれないわけですよね。
そういう風に疑われちゃうようなやり方は、店にとっても客にとってもいずれ悪い影響を及ぼすんじゃないの、とそういう感じです。そういうのって筋が通ってないですかね。

by halogen
>なのはさんが魔王に見えたら「ああ、なのはさんて白い魔王なんだー」と思っちゃう
本当にそう見えたのなら、それでも良いと私は思いますけどね。
私はそう言うのに何も言わない人です(と、勝手に思ってるだけかもしれませんが・・・。他人の目から見てそうでなかったら申し訳ないというか、今後の課題ですね)。

>「連日の疲れでテンパってたから頭の悪い教え子にキレた」と解釈せざるを得なかった

そう受け取ったのならそれだっていいでしょうし、それが悪い理由はどこにもないかと。
あくまでもその本人が受けた印象なら、その人に“とっては”正しいこと。
類推するしかない以上、それはあくまで類推であるわけで、間違ってても一向に構わない、というか本当に絶対にそれが間違いだとはおそらく言い切れないと思います。

それに、アニメとしての見せ方で行くとしても、最初にわざと誤解を持たせて、あとからフォローするというのも方法としてはありなんじゃないですかね。
なのはStrikerSがどうかなんて私は知らないですけど。

>「誤解を誘発する宣伝」
それはちゃんと調べてない本人が悪いのでは・・・。
“騙される方も悪い”ではないですが、それこそ表面的にしか事前情報を受け取らずに自分で勝手に思い込んでるだけのような気がします。
中途半端に仕入れている分、余計におかしなことになるという。
真っ白な状態で挑むか、自分で後悔しない程度に完璧に調べつくした状態で挑むかを私なら心掛けたいかも。

というか、この手の話だと私の中に“騙される方も悪い”に近いのが根底にありそうかも・・・。
そんなのは個人が何とかするべきで、だから前回のレスの“それを他人にも要請してる風であるというところ”の一節であり。
余計なお節介、そんなものは自分で何とかするものだろうという感じに思えるんですよねぇ。

賞味期限切れの鮭だって、味が変わらない程度なら知らなければどうということ無いかなと思ってしまいます。
むしろ、きっちり見本通りに出してくる礼儀の正しい店なら、絶対賞味期限切れの品なんて出さないだろうという思い込みの方が危険と思えてしまうのが私。
特に最近はなんにせよ基本的に信用してないのですよね。
そういうのこそ寂しい人なのかもしれませんが、自分で勝手に楽しみを見つけ出す代わりに、痛い目に会ってもそれは自分のせい。
自己責任という奴かなと思ってます。

by むにゅ
>>halogenさん
ずっとアンカー忘れてましたね。失礼しましたー。まあさすがに間違わないとは思いますのでご容赦です。

>そう受け取ったのならそれだっていいでしょう
いやいやいや、良くはないでしょ。「魔王なのは」はあくまでネタであってマジじゃないんですから。笑かそうと思ったのにマジに受け取られるって思いっきりボケ殺しのダダ滑りじゃないですか。
その「スベってる姿」を笑ったから結果的に笑いが起きた、だから結果オーライという面はあるにしても、狙った笑いを取れなかった時点でプロとしてはアウトでは。「笑われてる」を「笑わせてる」の間には決定的な差があると思うんですけど。

>最初にわざと誤解を持たせて
それはだって、作者さんが「それを狙ってやってる」のですから目的は果たせているわけじゃないですか。そういうつもりがないのに誤解されちゃった、だから後から慌ててフォローする、ってどう見ても失敗だと思うんですが。
 アニメ(に限らず映像作品全般)には「どう見せるか」という軸があって、だから「演出」という責任ある立場として確立してます。それは、演出が大事だからです。視聴者にどう見えるか、というのを計算せずに作品は作れない。脚本・絵コンテ・演出・音響・声優さんの演技、どれも「どう見せ(聴かせ)るか=見る人にどういう感情を起こさせるか」を想定して為されているわけで。そういったことが大前提としてあるのに、最初からそれを無視するのはナンセンスです。作品というのは言葉と同じく、何かを伝える為のツールなんですから。
 で、そういう演出を素直に受け取るか、それとも自分とは合わないからと否定するか、面倒だからスルーするか、この角度から見ると気に入るからこの角度からだけ見ようとか、そういう選択は好きにしたら良いです。そこは視聴者の自由。嫌なら見ないのもアリ、文句言いながら見るのもアリです。
 作品を作る人は絶対にそういう「伝えたい内容、伝えたい相手」を想定してます。演出とか演技とかはどうすればそれを相手により理解してもらえるかを考えて、表現する行為。逆に「伝えるべきことが無い、伝わらなくて良い」と思って作品を作ってるなら、それは「理解されようという意思の放棄」であって、視聴者の存在を無視した行為です。
同じように、視聴者が「作者の意思」を汲み取ろうとしないっていうのは相手を理解しようっていう意思の放棄であって、相手の存在を無視してるのと同じだと私は思います。それこそ見た目だけで自分の好みだから好き、と言ってるだけ。相手の長所も短所も見ないで「自分の好きなとこをその人の長所、嫌いなところを短所」だと決めつける行為だと思います。


>それはちゃんと調べてない本人が悪いのでは・
それはもちろんそうです。だからみんな見たアニメが糞だったからって文句は言っても別に訴えたりしてませんでしょ。
でも、だからって紛らわしい広告してもかまわないってことにはならないです。そこには明らかに「悪意」があって、それは許すべきではない。何故ならそれを許したら全てのものに対して疑ってかからなくてはならなくなっちゃう。まず「それが信頼できるのかどうかを確認するという行為」に労力をかけなくちゃいけなくなるからです。
アニメに限らず、何かを得ようとしたときにいちいちそんな事をしなくちゃいけないのと、その過程を省けるのとだったら私は後者のが断然良いし、大抵の人もそう思うと思います。だからこそ、世の中には法律やら常識やら社会通念やらがあるし、お約束とかベタだとかそういう言葉もある。ぶっちゃけた話、何もかも疑わなくちゃいけない社会では、まずお互いの言葉の語彙の擦り合わせからしなくちゃいけなくなっちゃう。
そんなことするよりも「表面的にしか事前情報を得られない状態」でも変に誤解しなくても済むような情報提供を是とする、可不可はともかくとしても、そう心がけるという方向性を目指すのがよっぽど良いと思うのですけど。
 パズルとかでもそうだと思うですよ。解けないパズルは普通作らないです(それはそもそもパズルって呼ばないような気もしますけどまあそれは置いといて)。それは、パズルは解けるもの、という前提があるからそうなのであって、パズルにいちいち「これはちゃんと解けるようにつくってありますよ」なんて但し書きはつけませんよね。パズルは解くもの、解けるもの。それはそのパズルが面白いかどうか以前に守らなくちゃいけない不文律でしょう。もし解けないパズルに出会ってしまっても「ああ、確かにこのパズルには【解けるように作ってあります】って書いてなかったものなあ」なんて軽く受け入れてしまえるんでしょうか。そしてそれが何時間もかけて頑張って解こうとしてたものでも。
「まあでも解いてた時間は楽しかったし良いや」となるならまだ諦めもつくかもしれませんけど、最後に解ける楽しさ、というのを求めて解いてた人のはどういう気分になるか。そういうこと考えてもまだやっぱり「騙された方が悪い」と思えますかね?もしそれでも思えるというならもうこれ以上は何も言うことはないですかねー。

>味が変わらない程度なら知らなければどうということ無いかなと
 最終的にそれを守るか守らないかを決めて良いのは食べる人だけなんですってば。食べる本人がどうしようとそりゃ自己責任だけど、そうじゃない人が勝手に「味変わらないから平気平気」というのがダメなのですよ。
 自分の中でどうということはないと思ってても、対外的には絶対にそれを認めちゃいけないライン。「赤信号は止まれ」というライン。車が来てる来てないじゃなくて、赤信号は止まるものだっていうのと同じ約束事。それを否定したら無用の混乱を招いちゃって、下手すれば回りも巻き込んだ大事故になりかねないわけですから。

by halogen
>「魔王なのは」はあくまでネタであってマジじゃない
だから、ネタとして見る前に本気でそう受け取ったのなら、それはそれで良いと私は言ってるわけです。
受け取り手がどう受け取ろうと勝手。
いやネタじゃない、実際そうなんだと主張する人があってもいいし、そういう人が出てくるのが悪いだなんて私は思いませんね。
それがプロとしてアウトとも思いませんし。

>作者さんが「それを狙ってやってる」
なのはの例の場面の場合、魔王は行きすぎにしても、少なからず“なのはが悪い”と見せようとしてた雰囲気はあったかと。
そのあたりの描き方が明らかにスバル偏重で、挿入歌まで使ってましたし。
そういう意味では、狙ってやってる、にもそれなりに該当しそうにも思えます。

>「どう見せ(聴かせ)るか=見る人にどういう感情を起こさせるか」を想定
だからと言って、こちらがわざわざその想定に乗る必要はどこにもないはず。
敢えて逆を行くのは流石にナンセンスでしょうが、少なくともそんなものを意識しながら見たくはないですね。
とりあえず、私は“何かを伝える為のツール”としてはほぼ一切見ていない、純粋な娯楽として考えてるのでその根本から違うのでしょうけど。
“伝わってくる”ものはあっても、“何かを伝える為のツール”としては見ないというのが私のスタンスなので。
別に意思の放棄と言われようとなんだろうと構わないですけどね。
「自分の好きなとこをその人の長所、嫌いなところを短所」だと決めつけているつもりはないですけど。

>「悪意」
それにあらかじめ気付けと言うのが自己責任。
全てのものに対してある程度疑いを持ってかかるのは当然だと言うのが私の考えなんですよねぇ。
後々自分の不利益になるかもしれないなら、その程度の労力なんて軽いものかと。

>お互いの言葉の語彙の擦り合わせ
実際それがある程度は必要な気もするんですが・・・。

>解けないパズルは普通作らない
それはまた、パズルを一面的に見過ぎではないかと。
確かに普通は解けるモノがパズルかもしれませんが、だからと言って解けないものもパズルでないかといえば、そんなことは無いと私は思います。
確かに一般的に解は1つだという不文律は存在します、と断言していいと思います。

でも、別にパズルに解が2個以上あってもいいし、当然0個でもいいのです。
この辺りは数学と一緒で、もし解が無いのなら、なら何故解が無いのかを証明するのがまたパズルとなりえるわけですから。
世界的パズル家には数学者がかなり多いですし、そもそも解の有無なんて知らないパズルを作りだすのもまたパズル家。
ペンシルパズルならとりあえず適当に数字を配置して、メカニカルパズルならとりあえずブロック(テトロミノとかペントミノとか)を適当に用意してみて。
それで、その問題がルールにのっとって解けるか考えたり、立方体に組み上げるか試行錯誤したりすることなんてザラですよ。
そういうのは、特にパズルの世界だと深みにはまる人ほどそういう傾向があるかと。
なので、私は

>「ああ、確かにこのパズルには【解けるように作ってあります】って書いてなかったものなあ」なんて軽く受け入れて

しまえると思いますね。
本当に解があると明言したり、あるいはそう推測できる文章が無ければ。
そもそも、解けると言うのは解の有無、個数までを吟味してこそ本当の解く、という気もします。
解が1つはあると言う思い込みを無くすことが、まずは大事な問題だと言う。
逆に、仮に先の不文律に従って解を1つ見つけ出したとしても、逆にそれで終わりとは限らない。
もしかしたら2個以上の解があるかもしれないですしね。

というわけで、アニメはともかくパズルに関してなら、ハッキリ「騙された方が悪い」と言えますね。
もちろんそのパズルの質にもよる(最初の例えだと、味というやつですね)でしょうが、質の良いパズルなら、つまり巧妙に全ての解を閉じて0個にしているパズルならなおさら。
というか、それを“騙された”と感じる感性の持ち主なら、「君にはパズルは向いてない」とさえ言うかと。
キミが求めている物はそこには無かったと言う、ただそれだけです。

もちろん私だって一般向けとなる同人誌では、一応解は1つだという不文律にのっとってはいますけどね。
でも、某氏(同じニコリ投稿作家の先輩であり、大学の先輩)の影響でそれはパズルなのかというパズルにはまりつつある現在、その不文律をもどこかで壊したいなと思っているところではあります。

結局は質の問題で、解が0個だろうと1個だろうと2個以上だろうと面白いものは面白く、つまらないものは詰まらないと思うのです。
たとえ解が1個でも詰まらないパズルはダメ。
不文律があるとして、それにのっとった面白さがあるなら、それを壊した面白さもあり。
不文律を壊されること自体が気に入らないと言うのなら、たんにその人には合わなかっただけで、問題が悪いわけではないと思います。
騙されたと感じたのならその人が悪く、でも本質的にはどちらも悪くなく、単に相性の問題かと。


>そうじゃない人が勝手に「味変わらないから平気平気」というのがダメ
それは確かにそうでしょうね。
この辺りの文章だと

“きっちり見本通りに出してくる礼儀の正しい店なら、絶対賞味期限切れの品なんて出さないだろうという思い込みの方が危険”

が言いたかっただけなので。

by halogen
追記

>「どう見せ(聴かせ)るか=見る人にどういう感情を起こさせるか」を想定
私は、制作側の意志として感じているのかは、“何処を楽しんでほしいか”ですかね。
これがそちらの言う“伝えたい内容”かどうかは知りません。
娯楽作品として見ている以上は、やっぱり楽しませることが主眼。
もちろん楽しいには爆笑や面白いや悲しい、戦闘シーンで燃えるとかエロいシーンだとか、色々が含まれるわけですけど。

でも、モノが出来て、それをどう楽しむかなんて見る側の自由。
楽しみ方を強制してしまえば、そんなものは一気につまらなくなるだけ。
作者の想定外の意外な所が広く一般に楽しいこともありますし、その逆もありますし。
私もパズル作家ということで一応クリエイター側にも立ってはいますが、パズル制作においてならずっとこの考え方です。

こちらとして魅せたい手筋(解き方)というのは想定していることも結構ありますが、そんなものは一切気にせず素直に楽しんでくれる解き手さんが、私は一番好きですね。
そうして作者には想像もつかなかったような新たな手筋を見つけ出して楽しんでくれたりするのが、一番嬉しいです。

その手筋が自分と一緒なら、自分と同じ感性を持ってくれている人がいたという点で嬉しいですし。
違うなら、なるほどそういう楽しみ方もあるんだと気付かせてくれる点で嬉しいですし。

わざわざこの作者はどういう手筋を魅せたいのかなぁなんて面倒くさいことして解いてくれる人は、そんな変な気を使う必要なんてどこにもないと思いつつも、それがその人にとって一番楽しいなら別にそれでいいんですけどね。

方向性はどうあれ、別にそれが自分の意図どおりであろうとなかろうと、自分の作ったものに対して楽しんでくれるのが作家として一番嬉しい。
アニメ視聴に関しては、それを解き手、受け手側に回って実践しているようなものです。


ただ、同じく作家として、“魅せたいところ”があるというのは分かるのも確かなんですよね。
で、どうであれ楽しんでくれるのが一番うれしいんですけど、その時自分の意図していない所が楽しまれてるなら、それを今後の自分にどんどん取り入れて。
自分が意図した所があまり楽しまれてないのなら、それを今後の反省材料にするというのが、パズル作家に限らず作り手の成長のあり方かなと、私は勝手に思ってます。

最後にこれだけ by halogen
こちらとしてももうこれ以上引っ張る気は無いのですが、“解けいないパズル”としてパズル業界ではもの凄く有名な一例を。
こんなものもあるんですよー、ということで。
今テレビで見て思い出しただけですが、サム・ロイド自体有名なのでちゃんと昔から知ってましたよ?(笑)
15パズル自身は有名だと思うんで、この話も元々ご存じでしたら申し訳ないです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89

ということで、解けない問題に懸賞金かけてるあたりかなりあくどいです(笑)。
証明には偶置換・奇置換という結構高度な数学的要素が必要ですが、でもこの問題はシンプルさと解のない意外性という点でよく出来てると私は思いますね。
金儲けはさておき(笑)。

by むにゅ
これは確かにひどいですねw
これをユーモアと見られれば非常に良いエンターテイメントですけど、懸賞金目当てに頑張った人たちはさぞや無駄な時間を費やしたでしょうねー。
そういう事実自体知らなかったのでちょっと賢くなりましたです。

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COMMENT

>満足できちゃう一部の心の広い視聴者さん
思いっきり私が該当しそうですね(笑)。
でもまぁ、私は別に出来が悪いと思って見てるわけじゃないですし、そもそも出来なんて気にして見たことはほとんど無いですけどね。
客観的な出来なんて自分に判断できるはずもなし、判断した所で得も無し。
ようは自分が楽しめるか楽しめないか、ただそれだけなのです。

>若干の憤り
に関しては、どんなものでも楽しめるのはいるはず(たとえば「ツッコミどころが多すぎるアホベタ展開」そのものをネタとして楽しむこともできるはず)で、何事でも楽しめない人は哀れな人(=当然自分も含む)と思ってしまうのが私。
そういう意味ではお互い様でしょうか(笑)。

まぁここまでのは個人の勝手な感想ですし、一般的に見て評判は凄く悪いだろうなぁとは思いますけども。
「そんな出来のものを許してしまう事に対して」だなんて思い上がっている人には言われたくない気もします。
私も関連商品は買いませんけどね(笑)。

>アニメが何を伝えたかったのか
例によってそんなものどうでもいいというのが私なのですが、それはともかく。
「何が伝わったか」なら直前の段落で書かれてる感想(怖かった云々)とかも十分該当しそうに思うんですよね。
「何を伝えたいか」はその有無すら分からなくとも「何も伝わらない」ものなんてそうそう無い気もします。
[ 2007.12.28(Fri) 08:47] URL | halogen #rKgl1FOk | EDIT |

>思いっきり私が
はい、全くもってその通りですw halogenさんのポジティヴに何でも受け入れる器の広さにはホントに頭が下がります。
 まあ私も主観で見てるのは同じ。私はストーリー的整合性はあまり気にしないんですが、キャラクター的整合性はどうしても気にしてしまうので、それが軽視されてるとダメ作品扱いしてしまうってのはあります。要は自分は楽しめなかった、ということなんですけど。

 憤り云々に関してはそうですね、結局のところは「見本と実品とのギャップ」とか「提供する側の意識の低さ」の問題なんだと思います。
 例えば【海鮮丼】というメニューがあって、鮭・ウニ・イクラ・甘エビ・帆立・蟹がバランス良く並んで、傍らに箸休めのガリ、という感じの写真が載ってたとします。で、いざそれを頼んでみたら鮭が半分を占めてウニ・イクラ・帆立・甘エビは申し訳程度、蟹に至ってはほぼ殻だけのスッカスカでしかもガリも妙に多くて風味を殺してる状態の物が出てきたら、そりゃ文句も言いたくなろうというものですよ。それぞれの配分が多少増減するのはまだしも、ほぼ鮭じゃねえかと。「鮭好きだから平気」とか、そういう以前の問題ですよ。しかも「ウニとイクラが好きなら超・海鮮丼をどうぞ」とか後付けで言われる始末。それは客に対する誠意を疑っても仕方ないかと。
 お客さんにそういう売り方をして平然としてることに対してそれ良くない、というのを「その店に入らなければ良いじゃない、ダメ出しなんて思い上がってる」と言われちゃうのならまあそれは仕方ないけど、でも私はちゃんと言うべきだと思う、ということです。私はその店の「写真と実品のギャップ」は前例を見て知った上で入ったから別に良いけど、そうでない人が入ることも考えたらそういうことは改善して然るべきだと思います。
 突き詰めた主観(嗜好)のレベルでは相容れないのだから、そうでないレベルでの「商品見本と提供する商品」というのは最低限一致させられる部分ではないかと私は思うんですけどねー。


>何が伝わったか
 これも、突き詰めたら「送り手と受け手の利害の一致」に関係するとこなんですけど長くなるのでまた別の機会に。
[ 2007.12.28(Fri) 19:45] URL | むにゅ #mYbggkm6 | EDIT |

>ストーリー的整合性
>キャラクター的整合性
私は完全に逆ですね。
物事は原因があって結果があるのなら、物理的なストーリー展開がおかしければもうどうしようもない。
でも人の気持ちの移ろいなんて本人にすら分からないもの、そういう意味で、見れば見るほどそのキャラの新たな一面が分かってくるという感じでいます。
なので、一見違和感・不整合感があったとしても、それはまたその子の別の一面なんだなぁと。
所詮人間の心なんて誰にもすべて理解できるはずなど無いのだから、分かった気になるほど損なことは無いというわけですね。

>「見本と実品とのギャップ」
海鮮丼の喩えは面白いですね。
私は見本を見ずに注文しているから素直に楽しめているのかな、等と思いました。
このお店の海鮮丼は≒で鮭丼なんだなぁ、という。
ちなみに私は鮭大好き(ついでにガリも)なので、その意味でもこの例えはぴったり?(笑)

まぁ次に頼めばウニ丼が出てくるかもしれないというのが批判の主題なんでしょうが、私は味さえしっかりしてたらバランスはどうでもいいですね。
たとえ見本を見て頼んだとしても、美味しければそれは素晴らしいもの。
むしろ毎回違うのが出てくるとしたら、日替わりランチみたいな楽しみ方も出来ますし(笑)。

私が楽しみたくても楽しめないとしたら、たとえ見本通りでも味がさっぱりなものとなるんだと思います。
どれだけ提供側の意識が高かろうが誠意があろうが、不味ければどうしようもないと思ってしまうので。
まぁその場合、私はその店の誠意なんて感じ取れない可哀相な人となるのでもありますけどね。

ちなみに、私はイクラも好きなわけですけど、乗ってると明文化されてる物が全く乗ってない以外なら、ゼロでは無いのならバランスに関してさほど文句はありません。
まして明文化されてないのなら、それはもう乗ってると思いこんだ方が悪いというもの。
アニメ批評に対する批判の一つとして「それは勝手な思い込みだろ」というのがありますが、海鮮丼と見本なしであるメニューを注文して、イクラが乗ってないことに怒りだすのはバカではないかと言いたいわけです。
他の店ではそうであっても、この店は違うんだよ、と。
今回はこの件は焦点でないであろうので、少し話がずれてしまい申し訳ないですが。

>私はちゃんと言うべきだと思う
本人は言いたいことはちゃんと言うのはいいことだと思いますし、私もそういうはっきりという人は大好きです。
筋がしっかり通っているのなら。
思い上がっているとすれば、それを他人にも要請してる風であるというところかなと。
自分はそう思っても、他人が全て同じ印象とは限らない、ということなのですよ。
[ 2008.01.01(Tue) 09:04] URL | halogen #rKgl1FOk | EDIT |

>私は完全に逆
スタートから完璧に対極の立場で見てるわけなんですねー。なっとくです。人を描くためになら世界の改変も辞さないというウチの立場はhalogenさん的にはアウトなんですねー。って、このアニメは物理的なストーリー展開的にもぐずぐずだったような気がするんですけど。まあいいや。

>人の気持ちの移ろいなんて本人にすら分からない
おっしゃる通りです。所詮他人の心なんぞわかりはしなくて、目に見える行動・耳に出来る言動からその内面を類推するしかない。わかったつもりになっても誤解だってあるし本当の意味での理解は難しいです。
じゃあ見たままをすべて受け入れるのが良いかって言えば絶対にそうじゃないと私は思ってます。行動に裏にある意思、というものを暗に示すことだってある。なのはさんが魔王に見えたら「ああ、なのはさんて白い魔王なんだー」と思っちゃうか、といえばそうじゃないですよね。それまでの行動や積み重ねの結果を踏まえた上で総合的に「いやなのはさんはみんなのことを心配してるからこそああいう事をしたんだよ」という風に受け取るわけで。いや私は「それまでの積み重ね」というのが今一つ土台として見えていなかったんで「連日の疲れでテンパってたから頭の悪い教え子にキレた」と解釈せざるを得なかったわけですけど。

>見本を見ずに
ですよねー。そうだと思ってましたw

>まぁ次に頼めばウニ丼が出てくるかもしれないというのが批判の主題
近いですけどちょっと違いますかね。ソフトバンクのCMなんかに似た「誤解を誘発する宣伝」という感覚です。
まあでも考えてみたら問題はそこじゃない気がしてきましたー。
「なんだか、鮭とガリが大量に余って傷んじゃいそうだから、本来はバランス良く並んでいるところを鮭多めガリ多めにしてみた」というのがカウンターから見えたような感覚です。
実際どうなのかは問題ではなくって、「そう見えた」のが何より重要なんですよ。人の心なんて所詮わからないわけですから、どう見えたかで判断するしかない。「人気のないヒロイン2人をさっさと片付けて本番は二期だよ」みたいに視聴者に思われてしまうような番組作りが推奨されるわけはない。自分は楽しめたからいーや、で済ますのは簡単だけれども、そういう事を当たり前のようにやるような輩は次は賞味期限切れの鮭を平気で出してくるかもしれないわけですよね。
そういう風に疑われちゃうようなやり方は、店にとっても客にとってもいずれ悪い影響を及ぼすんじゃないの、とそういう感じです。そういうのって筋が通ってないですかね。
[ 2008.01.02(Wed) 19:32] URL | むにゅ #mYbggkm6 | EDIT |

>なのはさんが魔王に見えたら「ああ、なのはさんて白い魔王なんだー」と思っちゃう
本当にそう見えたのなら、それでも良いと私は思いますけどね。
私はそう言うのに何も言わない人です(と、勝手に思ってるだけかもしれませんが・・・。他人の目から見てそうでなかったら申し訳ないというか、今後の課題ですね)。

>「連日の疲れでテンパってたから頭の悪い教え子にキレた」と解釈せざるを得なかった

そう受け取ったのならそれだっていいでしょうし、それが悪い理由はどこにもないかと。
あくまでもその本人が受けた印象なら、その人に“とっては”正しいこと。
類推するしかない以上、それはあくまで類推であるわけで、間違ってても一向に構わない、というか本当に絶対にそれが間違いだとはおそらく言い切れないと思います。

それに、アニメとしての見せ方で行くとしても、最初にわざと誤解を持たせて、あとからフォローするというのも方法としてはありなんじゃないですかね。
なのはStrikerSがどうかなんて私は知らないですけど。

>「誤解を誘発する宣伝」
それはちゃんと調べてない本人が悪いのでは・・・。
“騙される方も悪い”ではないですが、それこそ表面的にしか事前情報を受け取らずに自分で勝手に思い込んでるだけのような気がします。
中途半端に仕入れている分、余計におかしなことになるという。
真っ白な状態で挑むか、自分で後悔しない程度に完璧に調べつくした状態で挑むかを私なら心掛けたいかも。

というか、この手の話だと私の中に“騙される方も悪い”に近いのが根底にありそうかも・・・。
そんなのは個人が何とかするべきで、だから前回のレスの“それを他人にも要請してる風であるというところ”の一節であり。
余計なお節介、そんなものは自分で何とかするものだろうという感じに思えるんですよねぇ。

賞味期限切れの鮭だって、味が変わらない程度なら知らなければどうということ無いかなと思ってしまいます。
むしろ、きっちり見本通りに出してくる礼儀の正しい店なら、絶対賞味期限切れの品なんて出さないだろうという思い込みの方が危険と思えてしまうのが私。
特に最近はなんにせよ基本的に信用してないのですよね。
そういうのこそ寂しい人なのかもしれませんが、自分で勝手に楽しみを見つけ出す代わりに、痛い目に会ってもそれは自分のせい。
自己責任という奴かなと思ってます。
[ 2008.01.04(Fri) 20:45] URL | halogen #rKgl1FOk | EDIT |

>>halogenさん
ずっとアンカー忘れてましたね。失礼しましたー。まあさすがに間違わないとは思いますのでご容赦です。

>そう受け取ったのならそれだっていいでしょう
いやいやいや、良くはないでしょ。「魔王なのは」はあくまでネタであってマジじゃないんですから。笑かそうと思ったのにマジに受け取られるって思いっきりボケ殺しのダダ滑りじゃないですか。
その「スベってる姿」を笑ったから結果的に笑いが起きた、だから結果オーライという面はあるにしても、狙った笑いを取れなかった時点でプロとしてはアウトでは。「笑われてる」を「笑わせてる」の間には決定的な差があると思うんですけど。

>最初にわざと誤解を持たせて
それはだって、作者さんが「それを狙ってやってる」のですから目的は果たせているわけじゃないですか。そういうつもりがないのに誤解されちゃった、だから後から慌ててフォローする、ってどう見ても失敗だと思うんですが。
 アニメ(に限らず映像作品全般)には「どう見せるか」という軸があって、だから「演出」という責任ある立場として確立してます。それは、演出が大事だからです。視聴者にどう見えるか、というのを計算せずに作品は作れない。脚本・絵コンテ・演出・音響・声優さんの演技、どれも「どう見せ(聴かせ)るか=見る人にどういう感情を起こさせるか」を想定して為されているわけで。そういったことが大前提としてあるのに、最初からそれを無視するのはナンセンスです。作品というのは言葉と同じく、何かを伝える為のツールなんですから。
 で、そういう演出を素直に受け取るか、それとも自分とは合わないからと否定するか、面倒だからスルーするか、この角度から見ると気に入るからこの角度からだけ見ようとか、そういう選択は好きにしたら良いです。そこは視聴者の自由。嫌なら見ないのもアリ、文句言いながら見るのもアリです。
 作品を作る人は絶対にそういう「伝えたい内容、伝えたい相手」を想定してます。演出とか演技とかはどうすればそれを相手により理解してもらえるかを考えて、表現する行為。逆に「伝えるべきことが無い、伝わらなくて良い」と思って作品を作ってるなら、それは「理解されようという意思の放棄」であって、視聴者の存在を無視した行為です。
同じように、視聴者が「作者の意思」を汲み取ろうとしないっていうのは相手を理解しようっていう意思の放棄であって、相手の存在を無視してるのと同じだと私は思います。それこそ見た目だけで自分の好みだから好き、と言ってるだけ。相手の長所も短所も見ないで「自分の好きなとこをその人の長所、嫌いなところを短所」だと決めつける行為だと思います。


>それはちゃんと調べてない本人が悪いのでは・
それはもちろんそうです。だからみんな見たアニメが糞だったからって文句は言っても別に訴えたりしてませんでしょ。
でも、だからって紛らわしい広告してもかまわないってことにはならないです。そこには明らかに「悪意」があって、それは許すべきではない。何故ならそれを許したら全てのものに対して疑ってかからなくてはならなくなっちゃう。まず「それが信頼できるのかどうかを確認するという行為」に労力をかけなくちゃいけなくなるからです。
アニメに限らず、何かを得ようとしたときにいちいちそんな事をしなくちゃいけないのと、その過程を省けるのとだったら私は後者のが断然良いし、大抵の人もそう思うと思います。だからこそ、世の中には法律やら常識やら社会通念やらがあるし、お約束とかベタだとかそういう言葉もある。ぶっちゃけた話、何もかも疑わなくちゃいけない社会では、まずお互いの言葉の語彙の擦り合わせからしなくちゃいけなくなっちゃう。
そんなことするよりも「表面的にしか事前情報を得られない状態」でも変に誤解しなくても済むような情報提供を是とする、可不可はともかくとしても、そう心がけるという方向性を目指すのがよっぽど良いと思うのですけど。
 パズルとかでもそうだと思うですよ。解けないパズルは普通作らないです(それはそもそもパズルって呼ばないような気もしますけどまあそれは置いといて)。それは、パズルは解けるもの、という前提があるからそうなのであって、パズルにいちいち「これはちゃんと解けるようにつくってありますよ」なんて但し書きはつけませんよね。パズルは解くもの、解けるもの。それはそのパズルが面白いかどうか以前に守らなくちゃいけない不文律でしょう。もし解けないパズルに出会ってしまっても「ああ、確かにこのパズルには【解けるように作ってあります】って書いてなかったものなあ」なんて軽く受け入れてしまえるんでしょうか。そしてそれが何時間もかけて頑張って解こうとしてたものでも。
「まあでも解いてた時間は楽しかったし良いや」となるならまだ諦めもつくかもしれませんけど、最後に解ける楽しさ、というのを求めて解いてた人のはどういう気分になるか。そういうこと考えてもまだやっぱり「騙された方が悪い」と思えますかね?もしそれでも思えるというならもうこれ以上は何も言うことはないですかねー。

>味が変わらない程度なら知らなければどうということ無いかなと
 最終的にそれを守るか守らないかを決めて良いのは食べる人だけなんですってば。食べる本人がどうしようとそりゃ自己責任だけど、そうじゃない人が勝手に「味変わらないから平気平気」というのがダメなのですよ。
 自分の中でどうということはないと思ってても、対外的には絶対にそれを認めちゃいけないライン。「赤信号は止まれ」というライン。車が来てる来てないじゃなくて、赤信号は止まるものだっていうのと同じ約束事。それを否定したら無用の混乱を招いちゃって、下手すれば回りも巻き込んだ大事故になりかねないわけですから。
[ 2008.01.05(Sat) 23:58] URL | むにゅ #mYbggkm6 | EDIT |

>「魔王なのは」はあくまでネタであってマジじゃない
だから、ネタとして見る前に本気でそう受け取ったのなら、それはそれで良いと私は言ってるわけです。
受け取り手がどう受け取ろうと勝手。
いやネタじゃない、実際そうなんだと主張する人があってもいいし、そういう人が出てくるのが悪いだなんて私は思いませんね。
それがプロとしてアウトとも思いませんし。

>作者さんが「それを狙ってやってる」
なのはの例の場面の場合、魔王は行きすぎにしても、少なからず“なのはが悪い”と見せようとしてた雰囲気はあったかと。
そのあたりの描き方が明らかにスバル偏重で、挿入歌まで使ってましたし。
そういう意味では、狙ってやってる、にもそれなりに該当しそうにも思えます。

>「どう見せ(聴かせ)るか=見る人にどういう感情を起こさせるか」を想定
だからと言って、こちらがわざわざその想定に乗る必要はどこにもないはず。
敢えて逆を行くのは流石にナンセンスでしょうが、少なくともそんなものを意識しながら見たくはないですね。
とりあえず、私は“何かを伝える為のツール”としてはほぼ一切見ていない、純粋な娯楽として考えてるのでその根本から違うのでしょうけど。
“伝わってくる”ものはあっても、“何かを伝える為のツール”としては見ないというのが私のスタンスなので。
別に意思の放棄と言われようとなんだろうと構わないですけどね。
「自分の好きなとこをその人の長所、嫌いなところを短所」だと決めつけているつもりはないですけど。

>「悪意」
それにあらかじめ気付けと言うのが自己責任。
全てのものに対してある程度疑いを持ってかかるのは当然だと言うのが私の考えなんですよねぇ。
後々自分の不利益になるかもしれないなら、その程度の労力なんて軽いものかと。

>お互いの言葉の語彙の擦り合わせ
実際それがある程度は必要な気もするんですが・・・。

>解けないパズルは普通作らない
それはまた、パズルを一面的に見過ぎではないかと。
確かに普通は解けるモノがパズルかもしれませんが、だからと言って解けないものもパズルでないかといえば、そんなことは無いと私は思います。
確かに一般的に解は1つだという不文律は存在します、と断言していいと思います。

でも、別にパズルに解が2個以上あってもいいし、当然0個でもいいのです。
この辺りは数学と一緒で、もし解が無いのなら、なら何故解が無いのかを証明するのがまたパズルとなりえるわけですから。
世界的パズル家には数学者がかなり多いですし、そもそも解の有無なんて知らないパズルを作りだすのもまたパズル家。
ペンシルパズルならとりあえず適当に数字を配置して、メカニカルパズルならとりあえずブロック(テトロミノとかペントミノとか)を適当に用意してみて。
それで、その問題がルールにのっとって解けるか考えたり、立方体に組み上げるか試行錯誤したりすることなんてザラですよ。
そういうのは、特にパズルの世界だと深みにはまる人ほどそういう傾向があるかと。
なので、私は

>「ああ、確かにこのパズルには【解けるように作ってあります】って書いてなかったものなあ」なんて軽く受け入れて

しまえると思いますね。
本当に解があると明言したり、あるいはそう推測できる文章が無ければ。
そもそも、解けると言うのは解の有無、個数までを吟味してこそ本当の解く、という気もします。
解が1つはあると言う思い込みを無くすことが、まずは大事な問題だと言う。
逆に、仮に先の不文律に従って解を1つ見つけ出したとしても、逆にそれで終わりとは限らない。
もしかしたら2個以上の解があるかもしれないですしね。

というわけで、アニメはともかくパズルに関してなら、ハッキリ「騙された方が悪い」と言えますね。
もちろんそのパズルの質にもよる(最初の例えだと、味というやつですね)でしょうが、質の良いパズルなら、つまり巧妙に全ての解を閉じて0個にしているパズルならなおさら。
というか、それを“騙された”と感じる感性の持ち主なら、「君にはパズルは向いてない」とさえ言うかと。
キミが求めている物はそこには無かったと言う、ただそれだけです。

もちろん私だって一般向けとなる同人誌では、一応解は1つだという不文律にのっとってはいますけどね。
でも、某氏(同じニコリ投稿作家の先輩であり、大学の先輩)の影響でそれはパズルなのかというパズルにはまりつつある現在、その不文律をもどこかで壊したいなと思っているところではあります。

結局は質の問題で、解が0個だろうと1個だろうと2個以上だろうと面白いものは面白く、つまらないものは詰まらないと思うのです。
たとえ解が1個でも詰まらないパズルはダメ。
不文律があるとして、それにのっとった面白さがあるなら、それを壊した面白さもあり。
不文律を壊されること自体が気に入らないと言うのなら、たんにその人には合わなかっただけで、問題が悪いわけではないと思います。
騙されたと感じたのならその人が悪く、でも本質的にはどちらも悪くなく、単に相性の問題かと。


>そうじゃない人が勝手に「味変わらないから平気平気」というのがダメ
それは確かにそうでしょうね。
この辺りの文章だと

“きっちり見本通りに出してくる礼儀の正しい店なら、絶対賞味期限切れの品なんて出さないだろうという思い込みの方が危険”

が言いたかっただけなので。
[ 2008.01.06(Sun) 00:45] URL | halogen #rKgl1FOk | EDIT |

追記

>「どう見せ(聴かせ)るか=見る人にどういう感情を起こさせるか」を想定
私は、制作側の意志として感じているのかは、“何処を楽しんでほしいか”ですかね。
これがそちらの言う“伝えたい内容”かどうかは知りません。
娯楽作品として見ている以上は、やっぱり楽しませることが主眼。
もちろん楽しいには爆笑や面白いや悲しい、戦闘シーンで燃えるとかエロいシーンだとか、色々が含まれるわけですけど。

でも、モノが出来て、それをどう楽しむかなんて見る側の自由。
楽しみ方を強制してしまえば、そんなものは一気につまらなくなるだけ。
作者の想定外の意外な所が広く一般に楽しいこともありますし、その逆もありますし。
私もパズル作家ということで一応クリエイター側にも立ってはいますが、パズル制作においてならずっとこの考え方です。

こちらとして魅せたい手筋(解き方)というのは想定していることも結構ありますが、そんなものは一切気にせず素直に楽しんでくれる解き手さんが、私は一番好きですね。
そうして作者には想像もつかなかったような新たな手筋を見つけ出して楽しんでくれたりするのが、一番嬉しいです。

その手筋が自分と一緒なら、自分と同じ感性を持ってくれている人がいたという点で嬉しいですし。
違うなら、なるほどそういう楽しみ方もあるんだと気付かせてくれる点で嬉しいですし。

わざわざこの作者はどういう手筋を魅せたいのかなぁなんて面倒くさいことして解いてくれる人は、そんな変な気を使う必要なんてどこにもないと思いつつも、それがその人にとって一番楽しいなら別にそれでいいんですけどね。

方向性はどうあれ、別にそれが自分の意図どおりであろうとなかろうと、自分の作ったものに対して楽しんでくれるのが作家として一番嬉しい。
アニメ視聴に関しては、それを解き手、受け手側に回って実践しているようなものです。


ただ、同じく作家として、“魅せたいところ”があるというのは分かるのも確かなんですよね。
で、どうであれ楽しんでくれるのが一番うれしいんですけど、その時自分の意図していない所が楽しまれてるなら、それを今後の自分にどんどん取り入れて。
自分が意図した所があまり楽しまれてないのなら、それを今後の反省材料にするというのが、パズル作家に限らず作り手の成長のあり方かなと、私は勝手に思ってます。
[ 2008.01.06(Sun) 08:06] URL | halogen #rKgl1FOk | EDIT |

こちらとしてももうこれ以上引っ張る気は無いのですが、“解けいないパズル”としてパズル業界ではもの凄く有名な一例を。
こんなものもあるんですよー、ということで。
今テレビで見て思い出しただけですが、サム・ロイド自体有名なのでちゃんと昔から知ってましたよ?(笑)
15パズル自身は有名だと思うんで、この話も元々ご存じでしたら申し訳ないです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89

ということで、解けない問題に懸賞金かけてるあたりかなりあくどいです(笑)。
証明には偶置換・奇置換という結構高度な数学的要素が必要ですが、でもこの問題はシンプルさと解のない意外性という点でよく出来てると私は思いますね。
金儲けはさておき(笑)。
[ 2008.01.19(Sat) 00:22] URL | halogen #rKgl1FOk | EDIT |

これは確かにひどいですねw
これをユーモアと見られれば非常に良いエンターテイメントですけど、懸賞金目当てに頑張った人たちはさぞや無駄な時間を費やしたでしょうねー。
そういう事実自体知らなかったのでちょっと賢くなりましたです。
[ 2008.01.19(Sat) 11:36] URL | むにゅ #mYbggkm6 | EDIT |

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