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2007年09月17日 ()
9/15分の秘密コメントレスですよー。
>>Dの字さん江
 えーとだいたいわかりました。もし必要であれば携帯番号・アドレスの方は兄さんの方からもらっちゃってくださいなー。
 まあ多分必須ではないっぽいので欲しければゲト、別に良いやなら放置で構わないですよー。

>>まの字さん江
 メール届いてますかー。

追記でブロガーさんwebラジオ感想でも。

無重力地下放送 第39回
 のっけからモチベ低っ!やめちゃえよ。もうやめちゃえば良いじゃない! 
 まあなんていうかこう、適度に力を抜くことは長く続けるには大事なことだってお昼休みのウキウキサングラスさんが言ってたんで別に良いですけど。
 というか、ネタあるんならそれで良し。
>洞爺湖
 今日という祝日に相応しい場所と言えるかもわかりませんね。知らない中谷さんには全くわからないんでしょうけどね。ヒント;爺
 で洞爺湖がどうしたんですって?(聴いてなかった 
 あーそうそうちなみにですね、ウチの妹夫婦と従姉妹夫婦が北海道に住んでるんですよ。えーと滝川とかいうほぼ釧路とかいう辺鄙なとこと苫小牧。従姉妹が子供産んでその関係で昨日まで実家に戻ってたわけなんですけど。
 まあ気が向いたら北海道行くかもしれないです。ほんとは生涯行く事ないだろーなーとか思ってましたが中谷さんに会いに行くって口実でならやぶさかではないかもしれない。行くことがあったらその節はよろしく、とか言ってみときます。
>ピリカらーめん
 ピリカピリララポポリナペーペルトラーメンの略。世界一不幸な美少女の気分を味わえます。実際は不幸でもなんでもないってオチですよ。
 っていうかピリ辛だろとマジレス。
>北方四島
 全く彼岸の話として受けとめてますけど、結局ロシア相手にもめてんでしたか。アレですよね。漁業の縄張り問題がメインなんですよね。そこに住んでる人達は別に気にしてないとかそんなんなんですよね大体。
>北海道のテレビ偏向っぷり
 でもテレ東だって麻生が総裁に立候補した時には流石に報道特番組んだしなぁ。いや見てませんけど
>ゴトゥーザ様/スクイズ
 まだ見てないッス!こういう時はこう、話題に乗れないのがキツいね。
 って良く考えてみたらそのスクイズ空電話回は録れてないじゃん。むぎゅ。らき☆すたはそもそも録ってないじゃん。あはははは。
>るるてぃー3周年
 COWAさんとこ見始めたのって実はここ半月くらいなので、なんかお祝いを言うのも白白しいなと思って心の中だけで「おつかれさま、これからもがんば!」的なことを呟いてました。
 ごめんなさい嘘です。3周年おめでとうくらいしか思ってません。
 ちなみに明後日の9月19日はむにゅ生誕3周年なのよー。10の位は四捨五入しての話ですけど。
>今週のチャベ兄

 ここだけの話、最近のチャベ兄さんはDECさんとシンクロが多くて、私は話についてけそうにないんですよねー。たらり。初音ミクは片鱗くらいは良さがわかるかもしれないけれど、その真価というかその一番の売りどころを的確に掴み取ることはできない気がするです。
 
まぬけづらの小部屋 第11回
 こないだ夏の終わりが寂しいみたいな事を言ってましたか。あれ、それはCOWAさんだったかもしれない。まあどっちでも良いや(この辺のアバウトさが記憶力の弱さに繋がってるんだなー
 ノリだけで話すっていうのはなかなかに難しいことで、特に「番組録るぞ!」とか意気込んでしまうと真っ白になっちゃいます。少なくとも自分は。
 そういう意味で、まぬけづらさんも中谷さんも余裕のある人なんだと思いますよー。ほんと。尊敬できる人。まあ、するかしないかで言うとしませんけど(えー
>イメージと現実の齟齬
 ドワーフって私のイメージだとまず背が低い感じですなー。マリオはまあ別に普通に同じ感じ。
 まあなんていうか、自分で振っといて最後で結局マリオじゃないってどういうことなのよ。
>ひとり反省会
 あー全然やってないや。ていうかだいたい7割方覚えてないです。なんていうかアレです。人と会ってる時って一種の酩酊というか、ハイな状態なんだと思うのですよ。だからもう舞い上がってしまって断片的にしか記憶が残らない。その瞬間に大きく感情が動けば印象深いんですけどね。
 例えばまぬけづらさんとhalogenさんが駅前でなのは視聴スタイルについて激論を投じあっていたこととかは比較的覚えてるわけなんですよね。自らの熱い思い入れをとめどなく吐き出すまぬ吉さんと、正直そこまで熱く語られても受け止めきれないです的なhalogenさんの構図がなんかこう、面白いのと恥ずかしいのとで。そりゃ回りの人は聴いてないと思うけど、聴いてたらドン引きなんだろなーとか思うと背筋が寒かったり。私は回りを気にするタイプなんで、人前で破目を外せないんですよねー。
 おっと脱線してしまったですか。えーと、まあなんていうか、反省しなければならないような失態は思い出すとつらいから思い出さないことにしてます。
>意味不明
 まあなんていうか、良い時間を過ごせたでしょ。感謝なさい。
>秋刀魚食ってもアジを食っても
 みんなしてそんな事言ってるから今日秋刀魚食べちゃったよ。
 しかし秋刀魚久しぶりに食べたなー。以前食べたのがちょっと古くて、臭いがきつくて味が今一つな印象で固まっちゃってたんですよね。でも、今日食べたやつは臭わなくて、味も良かったのでちょっと見直しました。
>アニメ
・ななついろドロップス
 自分が好きなのはあくまで少女目線の恋物語な気がするなー。『ななついろ』はほんとに石蕗くんの物語なんで多分共感して見られないとかな気がします。まあそれよりもユキちゃん(だっけ?)モードの時のはっちゃけぶりの下地が何なのか知りたいのが先に来るんですよね。あの姿でいると素直で率直な物言いができるっていうことは、つまりあの姿では絶対にバレないって確信があるってことなんですよね。自分が石蕗だってバレちゃったら、普段の「微妙なバランス関係が崩れる可能性がある」わけで、それを恐れるが故に石蕗くんは普段ああなわけだろうと思うんでね。
 まあ正体がバレたらなにかペナルティ的な何かがあった気がするんで正体バレ=元に戻れないとかならどっちにしろバレたら終わりだし良いか。
・スクイズ
 アレはまあ、人間の業を際立たせて「見せる」ということですよね。下世話な覗き趣味を満足させるゴシップ系エンターテイメント。深夜のメロドラマって言い方でも良いんですけど、葉鍵系の純愛奇蹟路線に飽きた人とか苦手な人用の作品ですよね。精神的恋愛じゃなくて、下半身的愛欲と子宮的情念路線。脊髄反射的で本能的な「情愛・情欲」っていう。少なくとも視聴者から見て、誠を自分と重ね合わせて言葉様が目の前に落ちてくるのを楽しむ、というのを想定した作りではないですよね。そういうのは極一部の上級者の愉しみ方ですから。
 まあそんなことよりコメ欄でのhalogenさんとの「テーマ」論議が面白いわけなんですけど。
 私もどっちかって言うとテーマ追求派なのですが、それは「テーマというのはその番組をもっとも楽しむ為の指針である」からです。監督がどういう風に「見せようとしているか」がテーマであるわけで、それが視聴者の求めているものと食い違うと『なのはSts』の現状みたいなことになる(視聴者の期待するものと食い違う)わけなんでね。
 halogenさんの言う「キャラがそれぞれの考えで動いている感じ」というのは感覚としては理解できるんですけど、なのはStsのキャラにそれを感じられるというのならそれはものすごくなんというか、素直…というより愚鈍な意識のように私には感じられてしまいます。
 私は『なのは』のキャラは全員【都築シナリオ】に忠実に演じているだけの「俳優」にしか見えません。つまり、【高町なのは(24歳)】という女優が、【なのはSTSという作品の主人公であるところの高町なのは(19)】を演じている、という印象。これは作品全体の傾向としての立ち居振る舞いであるとか、説明的なセリフであるとか、ケレン味の強い立ち回りであるとか、そういった「見せ方」の方向性が【演劇的】であるからです。
 もっと言うなら世界観そのもの自体が都築神によって都築節を語るためだけに作られた世界でしかなくて、その中には都築シナリオを全肯定するために生かされている「駒」しかいない、という風に「見えてしまう」んですよ。レジアスがあんな風になっちゃったのは「なのはさん達を活躍させるのに必要だから」とか、そういう穿った視点でしか見られないような演出がされてしまってるのです。
 そういう意味では、おもいっきりシナリオの都合でキャラが動かされている雰囲気を感じざるを得なくて、それが私は気に入らないんですよね。作品のテーマを語るためにキャラがいる、と言うのはまさにそういう状態に対して言うべきではないかなーと思うんですよね。

 キャラがテーマ説明の為にいるってことと、作品のテーマがはっきりしていることって言うのは全く別の話で、それぞれの【自我】を持ったキャラクター達がどう関わり合ってどういうドラマを生み出すか、というのは脚本さんとかの仕事。それを「どう見せるか」が監督さんの目指すべき「テーマ」なのですよね。世界観とキャラっていうのは原作者さんならテーマと直結してても何ら不都合はないし、それが魅力足り得る場合も少なくないんですけど(永野護とかね広井王子とか)、それらは誰かの手に委ねられると途端に破綻しちゃったりするものですからね。そういうのは往々にして【閉じた世界の心地良さ・安定感】だったりするんで。
 私はアニメを娯楽であると同時に漫画と同様の「自己表現としての作品」としても見てますので、監督さんとかの「これを見せたい!」というメッセージはやっぱり感じられるような作品が見たいわけです。
 特に原作付きならば、その監督さんならではの「見せ方」がないんだったら原作見とけば良いじゃん、という考え方ですから。監督さんが「原作を壊したくないから原作に忠実にするよ」という場合ならそれはそれで良し。その場合でも、コマとコマの間の「行間」をどう表現するのか、時間の都合で引き延ばし、短縮を余儀なくされた場合に「どこをどう引き伸ばすのか」「どこを削るのか」なんかでもその監督さんの色というか、監督さんが「その作品をどういう作品だと思っているか・どういう部分を重視しているか」が出るわけですし。
 例えばスクイズで言えば、原作を知らない身で言いますのでなんともアレですけど、序盤は明らかに世界さんを意図的に「好ましく」、言葉様を「うざったく」見えるように誘導してますよね。あと「誠最低。誠死ね」という方向に。
 少なくとも演出面での「視聴者へのはたらきかけ」というのは、世界さんや言葉様、刹那なんかの思惑とは関係なく行われてます。
 そういう意味で、彼らは物語のキャラとは言ってもあくまで自分の意思で動いてて、別にテーマのための駒として行動してるわけじゃありません。
 そういう一連の動きやドラマをを「どう映すか」「どう視聴者に見せるか」「何を感じさせたいか」という点が作品としてのテーマであって、それはキャラの動向には必ずしも直結しません。そういう直接の関係はないパズルのピース組み合わせて何かの形にする、っていうのが監督さんの腕の見せ所なわけですよ。
 で、そういうことを無視して「刹那たんと心たんが可愛く描かれてれば良いや萌へ萌へ」とか言ってるのも確かに楽しみ方の一つではあるんですけども、それだけじゃなくて、「どうしてこのシーンは原作ではこうなのにアニメだとこうなんだろう」という点から監督さんが何を目指して作品を作ってるのかを考えるっていう楽しみもできるに越した事はないかなーとか思うでしょ。思いませんか。思わないなら良いデス。
 そういう意味で、スクイズは非常にできの良い作品ですね。これが『D.C.S.S』となるとね、もう大きい幼女の行動がメタすぎて意味が全くわからないというかなんというか…いや何でもないです。
 そういえば『愛蘭島』は基本テーマが「ほのぼのハーレム萌えバンザイ」ですよね。女の子が可愛く振る舞える舞台を主人公とサブキャラが作って、それに合わせて女の子が可愛く動いてればそれで良い、という。実にhalogenさん向きだなぁ。もちろん良い意味で。
 そこにまぬけづらさんは「行人とすずの次第に近づいていく関係性は家族としてのものかパートナーとしてのものか」みたいなものを求めるから何かムズムズするよはにゃーんな感じになる、と。なってないか。まあ行人とすずの関係性が確定するのは原作が終わるってことでしょうからアニメでは決着をつけないとは思いますけど、何らかのオチはつくのかな。テーマがテーマなので、別に決着もオチもつかなくても良いわけなんで。
 
 ああいけないいけないまた長くなっちゃったよ。こういうネタならナンボでも延々と喋れるんですけどね。でも言いたいこと言ってるだけだから会話のキャッチボールできないんだよねこういう話。

 んじゃこの辺で。
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[2007.09.17(Mon) 22:46] 雑記・アニメその他Trackback(0) | Comments(5)
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COMMENT

by 愚兄チャベス
>ここだけの話、最近のチャベ兄さんはDECさんとシンクロが多くて
な、何を今更!そんなの今に始まった事じゃな(ry

いやいや、むにゅさんがついていけないとこもあるだろうけど、俺とむにゅさんでシンクロしてるけどDecさんはついていけない事だってたくさんあるでしょ!大丈夫ですって!

そんなこと言うなら、最近はうかうかしてるとむにゅさんのベストパルの座をまぬけづらさんに取られそうな勢いに嫉妬してることをぶっちゃけますよ!(ぇ

by halogen
まぁテーマ云々は見方考え方の問題で、意識さえしなければ私は多分何でも同じような見方で楽しめるだろうなという話です。

>素直…というより愚鈍な意識
愚鈍だろうがなんだろうが、あるものが全て、あれはそういう子達。
違和感があってもそれは自分と違う他人なんだから当たり前。
そもそも“監督がどういう風に「見せようとしているか」”を考えるという思考自体が元々存在しないので(笑)。

なのはシリーズに関しては誰にも言ってないそれなりの思いも色々持ってますけど、私はStrikerSはかなり好きだったりするんですよね。
一番最近にやってるからかもしれませんが、第1期やA’sと変わらないかそれ以上か。

>世界観とキャラっていうのは原作者さんならテーマと直結してても何ら不都合はない
世界観とキャラ作り自身がテーマになるのならば私は多分問題無いんですけどね。
そこから物語を楽しむ中で自分なりに思うところがあるのが、まぬけづらさんの所でも書いた“自分なりのテーマ”という感じ。

ただ、それは自然に見て思うからそう感じるわけであって、テーマを求めようとする姿勢自体が私にとっては全然楽しくないわけです。
テーマを“考える”→分析作業であるという観点で、その作業自体は楽しいのかもしれないですけど、それはその世界を楽しむには邪魔以外の何物でもない。
読み解く作業を楽しむというのと物語自体を楽しむというのは、私の中ではどうあっても共存できないのですよ。

最初からそのアニメの中身に向けての感情を一切廃して、ただその行動・描写その他諸々(映し方とかどうしてこんなキャラがいるかとか)等をひとつひとつ分析してそれぞれ作り手が何を考えているかを解き明かすという前提で見るのなら、それはそれで分析作業を大いに楽しめるかもしれないですけども。


アニメに込められているテーマがあって、それを自分なりに感じ取るテーマがあるというのは否定しませんが、能動的に読み取ろうとした途端にその物語(アニメ・漫画に限らず)の世界を楽しむということが出来なくなるから嫌いなんです。
「これを見せたい!」というのがあるとするなら、それを受動的に知らずのうちに感じ取れるのがいいかな、と。
つまりは私が嫌いなのは、テーマの存在そのものではなくテーマの存在を意識すること、ということになるんでしょうね、きっと。
もっと素直に楽しみたいだけ。
テーマが存在しないなら意識する必要も無いので楽というだけです(笑)。

ただ、

>別にテーマのための駒として行動してるわけじゃありません
なんですが、確かに「どう映すか」がポイントにはなるんでしょうけども。
テーマを伝えるべき行動がその世界に存在しなければ映すことすら出来ないわけで、映すためにはやっぱり少なからず“テーマのための駒として行動”している人がいるはずだと思うんですよねぇ。

by むにゅ
>>チャベ兄さん
 うん全くもって仰る通りなんですけどねー。こればっかりは性分というかなんというか、親しい人達が見ている「景色」を同じように見られないっていう状態っていうのはやっぱりなんというか寂しいものなのですよ。
 それを感じ取れない自らの感性が歯痒い、みたいな感覚。嫉妬とかじゃなくて。まあそれもちょっとはありますけどw


>>halogenさん
 いや、やっぱり面白いですね、それぞれの受け取り方というか、重視するポイントの違いというかそういう点で。
 
 halogenさんにとって「監督が見せようとするテーマ」っていうのはキャラ萌え至上主義にとっては害悪というか、キャラクターの自由な行動を堪能するのを阻害する邪魔なものにすぎないわけですよね。
 テーマを意識するってことは分析をしようと心構えてしまうから敢えてそれはしたくないと。そういうのが理系的な感性と理性の分離なんでしょうかね。言ってて意味わかりませんが。

 ただ私が言ってるテーマっていうのはそんな仰々しいものではなくって、単に「可愛い女の子が暴れまわるよ!」とかその程度から成立するものであって、いわばキャッチコピーレベルで存在し得るものなんです。そして、テーマは必ずしも一つである必要はありません。むしろいろいろ要素が詰まってるのが普通ですし、たった一つのテーマだけを追いつづける作品はわかりやすいけれど単調になり勝ちですしね。
 だから、テーマのない作品は存在し得ない、テーマの存在しない作品は存在する意味がない、というスタンスなのですよ。テーマがないってことは、「視聴者に見せたいものが全くない」=視聴者にとって見る価値のないもの、という意味なので。
 だから単にこれは【テーマ】っていう単語に対する意識の相違から生まれてるだけなのかもしれないわけですけどねー。

>「これを見せたい!」というのがあるとするなら、それを受動的に知らずのうちに感じ取れるのがいいかな、と。
 これについては全くの同感です。
 基本的には自分がそれを見て感じた感想が、「見せたい!」と一致してれば問題ないんですよね。
 
>映すためにはやっぱり少なからず“テーマのための駒として行動”している人がいるはず
 これについても別に異論はないです。世界にはいろんな人がいるんですから、結果的に“テーマを明確に示すための行動”をしちゃってる人がいて当たり前。というか、テーマに合う行動をする人だからその作品の登場人物に選ばれている、というべきですかね。
 まず世界ありきでそれに合う駒が作られるのか、まずキャラありきで、そのキャラの振る舞いの中からテーマに合う部分をクローズアップして見せるか、という方法論の違いです。
 前者なら、テーマに合うキャラをいくらでも作れるし、その振る舞いも自由に設定できます。「だってこの子はそういうキャラだから」で済みますからね。
 でも、私はキャラクター至上主義だから後者を求めてしまいます。キャラがまずいて、そこに世界がついてくる。だから「キャラの行動や情動からテーマに合う部分を抜き出す」という加工が不可欠で、それは監督以下製作者さんたちの手にならなければ為しえない。ですからどうしてもそういった部分に目を向けずにはいられないわけですよ。

 で、そういうふうに見た場合、なのはSTSのキャラは「まず世界ありきで、テーマに合わせてキャラが設定されている」感がしてしまって私はどうにもイライラしてしまう、とそういうわけなのです。
 
 まあ結局のところ、どういう部分でそういう「作為的なもの」を感じるか、というのがまず私とhalogenさんでは根本的に違うんで何ともアレなんですがw

by halogen
ホント、ここまで考え方が違うって面白いですよね。

>理系的な感性と理性の分離
多分そういうことなんでしょう。
オンかオフでしか考えられないデジタルな頭しかできないみたいです(笑)。

>【テーマ】っていう単語に対する意識の相違
これは確かにそうなんでしょうねぇ。
こういう話をするときの“テーマ”はかなり仰々しく考えがちなので(苦笑)。

無論、「可愛い女の子が暴れまわるよ!」というテーマもテーマとして分かるのですが、むしろそれはジャンル的・世界的なものというか、「見せたいもの」であっても「伝えたいもの」ではなさそうかなと。
そしてそういう意味のテーマが一つではないというのも当然だと思います。

>「視聴者に見せたいものが全くない」=視聴者にとって見る価値のないもの
これはどうなんでしょうねぇ。
見せたいものの有無なんてどうでも良く、見る価値なんて視聴者が自分で見出すものだと思うのはやっぱり私が“見せたいもの”などというものを考えないからなんですかね。
見せたいものがあったとしても見る価値が無い人もいれば、適当に何も考えず作られた中からも素晴らしい価値を見出す人もいるかな、と。

>キャラクター至上主義
>キャラがまずいて、そこに世界がついてくる
世界があるからそういうキャラが生まれるというのとは対極ですね(笑)。
実際私が特に好きになる物語って、その世界全体に流れる空気みたいなのが気に入った時が多い気がしますし。
安心できるというか自分もそのキャラの輪というより世界自身に入り込みたいというか。

by むにゅ
>「見せたいもの」であっても「伝えたいもの」ではなさそうかな
 この辺もそうですねー。私はそういうのも含めてテーマとして認識してるけど、そうじゃない人のがむしろ多いかもわかりませんねー。

 見せたいものっていうのもまあ、なんていうか要するに「ウチの店は鶏肉料理が売りですよ」くらいのポリシーがほしいっていうような感覚なんですね。そこで豚料理を頼むのはお客さんの自由だし、その店のデザートが気に入る人だっているかもわからない。
 ただ、売りである鶏肉料理の味は殊更に宣伝しなくても食べれば「ああ、これがこの店のイチ押しなんだな」ってわかるような、そういう店であって欲しいっていう。
 わかりづらい喩えでなんともアレなんですけどw
 まあhalogenさんは自分が好きなものを食べたいから別にその店が何を売りにしていようとカツカレーを食べるぜ!くらいの勢いでしっかりと食べたいものが決まってるからそういうのは押しつけがましいというか、余計な情報なんでしょうかねー。好きなもん食わせて、って感じ。

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>ここだけの話、最近のチャベ兄さんはDECさんとシンクロが多くて
な、何を今更!そんなの今に始まった事じゃな(ry

いやいや、むにゅさんがついていけないとこもあるだろうけど、俺とむにゅさんでシンクロしてるけどDecさんはついていけない事だってたくさんあるでしょ!大丈夫ですって!

そんなこと言うなら、最近はうかうかしてるとむにゅさんのベストパルの座をまぬけづらさんに取られそうな勢いに嫉妬してることをぶっちゃけますよ!(ぇ
[ 2007.09.18(Tue) 02:49] URL | 愚兄チャベス #LjveDjGg | EDIT |

まぁテーマ云々は見方考え方の問題で、意識さえしなければ私は多分何でも同じような見方で楽しめるだろうなという話です。

>素直…というより愚鈍な意識
愚鈍だろうがなんだろうが、あるものが全て、あれはそういう子達。
違和感があってもそれは自分と違う他人なんだから当たり前。
そもそも“監督がどういう風に「見せようとしているか」”を考えるという思考自体が元々存在しないので(笑)。

なのはシリーズに関しては誰にも言ってないそれなりの思いも色々持ってますけど、私はStrikerSはかなり好きだったりするんですよね。
一番最近にやってるからかもしれませんが、第1期やA’sと変わらないかそれ以上か。

>世界観とキャラっていうのは原作者さんならテーマと直結してても何ら不都合はない
世界観とキャラ作り自身がテーマになるのならば私は多分問題無いんですけどね。
そこから物語を楽しむ中で自分なりに思うところがあるのが、まぬけづらさんの所でも書いた“自分なりのテーマ”という感じ。

ただ、それは自然に見て思うからそう感じるわけであって、テーマを求めようとする姿勢自体が私にとっては全然楽しくないわけです。
テーマを“考える”→分析作業であるという観点で、その作業自体は楽しいのかもしれないですけど、それはその世界を楽しむには邪魔以外の何物でもない。
読み解く作業を楽しむというのと物語自体を楽しむというのは、私の中ではどうあっても共存できないのですよ。

最初からそのアニメの中身に向けての感情を一切廃して、ただその行動・描写その他諸々(映し方とかどうしてこんなキャラがいるかとか)等をひとつひとつ分析してそれぞれ作り手が何を考えているかを解き明かすという前提で見るのなら、それはそれで分析作業を大いに楽しめるかもしれないですけども。


アニメに込められているテーマがあって、それを自分なりに感じ取るテーマがあるというのは否定しませんが、能動的に読み取ろうとした途端にその物語(アニメ・漫画に限らず)の世界を楽しむということが出来なくなるから嫌いなんです。
「これを見せたい!」というのがあるとするなら、それを受動的に知らずのうちに感じ取れるのがいいかな、と。
つまりは私が嫌いなのは、テーマの存在そのものではなくテーマの存在を意識すること、ということになるんでしょうね、きっと。
もっと素直に楽しみたいだけ。
テーマが存在しないなら意識する必要も無いので楽というだけです(笑)。

ただ、

>別にテーマのための駒として行動してるわけじゃありません
なんですが、確かに「どう映すか」がポイントにはなるんでしょうけども。
テーマを伝えるべき行動がその世界に存在しなければ映すことすら出来ないわけで、映すためにはやっぱり少なからず“テーマのための駒として行動”している人がいるはずだと思うんですよねぇ。
[ 2007.09.18(Tue) 09:09] URL | halogen #rKgl1FOk | EDIT |

>>チャベ兄さん
 うん全くもって仰る通りなんですけどねー。こればっかりは性分というかなんというか、親しい人達が見ている「景色」を同じように見られないっていう状態っていうのはやっぱりなんというか寂しいものなのですよ。
 それを感じ取れない自らの感性が歯痒い、みたいな感覚。嫉妬とかじゃなくて。まあそれもちょっとはありますけどw


>>halogenさん
 いや、やっぱり面白いですね、それぞれの受け取り方というか、重視するポイントの違いというかそういう点で。
 
 halogenさんにとって「監督が見せようとするテーマ」っていうのはキャラ萌え至上主義にとっては害悪というか、キャラクターの自由な行動を堪能するのを阻害する邪魔なものにすぎないわけですよね。
 テーマを意識するってことは分析をしようと心構えてしまうから敢えてそれはしたくないと。そういうのが理系的な感性と理性の分離なんでしょうかね。言ってて意味わかりませんが。

 ただ私が言ってるテーマっていうのはそんな仰々しいものではなくって、単に「可愛い女の子が暴れまわるよ!」とかその程度から成立するものであって、いわばキャッチコピーレベルで存在し得るものなんです。そして、テーマは必ずしも一つである必要はありません。むしろいろいろ要素が詰まってるのが普通ですし、たった一つのテーマだけを追いつづける作品はわかりやすいけれど単調になり勝ちですしね。
 だから、テーマのない作品は存在し得ない、テーマの存在しない作品は存在する意味がない、というスタンスなのですよ。テーマがないってことは、「視聴者に見せたいものが全くない」=視聴者にとって見る価値のないもの、という意味なので。
 だから単にこれは【テーマ】っていう単語に対する意識の相違から生まれてるだけなのかもしれないわけですけどねー。

>「これを見せたい!」というのがあるとするなら、それを受動的に知らずのうちに感じ取れるのがいいかな、と。
 これについては全くの同感です。
 基本的には自分がそれを見て感じた感想が、「見せたい!」と一致してれば問題ないんですよね。
 
>映すためにはやっぱり少なからず“テーマのための駒として行動”している人がいるはず
 これについても別に異論はないです。世界にはいろんな人がいるんですから、結果的に“テーマを明確に示すための行動”をしちゃってる人がいて当たり前。というか、テーマに合う行動をする人だからその作品の登場人物に選ばれている、というべきですかね。
 まず世界ありきでそれに合う駒が作られるのか、まずキャラありきで、そのキャラの振る舞いの中からテーマに合う部分をクローズアップして見せるか、という方法論の違いです。
 前者なら、テーマに合うキャラをいくらでも作れるし、その振る舞いも自由に設定できます。「だってこの子はそういうキャラだから」で済みますからね。
 でも、私はキャラクター至上主義だから後者を求めてしまいます。キャラがまずいて、そこに世界がついてくる。だから「キャラの行動や情動からテーマに合う部分を抜き出す」という加工が不可欠で、それは監督以下製作者さんたちの手にならなければ為しえない。ですからどうしてもそういった部分に目を向けずにはいられないわけですよ。

 で、そういうふうに見た場合、なのはSTSのキャラは「まず世界ありきで、テーマに合わせてキャラが設定されている」感がしてしまって私はどうにもイライラしてしまう、とそういうわけなのです。
 
 まあ結局のところ、どういう部分でそういう「作為的なもの」を感じるか、というのがまず私とhalogenさんでは根本的に違うんで何ともアレなんですがw
[ 2007.09.18(Tue) 23:00] URL | むにゅ #mYbggkm6 | EDIT |

ホント、ここまで考え方が違うって面白いですよね。

>理系的な感性と理性の分離
多分そういうことなんでしょう。
オンかオフでしか考えられないデジタルな頭しかできないみたいです(笑)。

>【テーマ】っていう単語に対する意識の相違
これは確かにそうなんでしょうねぇ。
こういう話をするときの“テーマ”はかなり仰々しく考えがちなので(苦笑)。

無論、「可愛い女の子が暴れまわるよ!」というテーマもテーマとして分かるのですが、むしろそれはジャンル的・世界的なものというか、「見せたいもの」であっても「伝えたいもの」ではなさそうかなと。
そしてそういう意味のテーマが一つではないというのも当然だと思います。

>「視聴者に見せたいものが全くない」=視聴者にとって見る価値のないもの
これはどうなんでしょうねぇ。
見せたいものの有無なんてどうでも良く、見る価値なんて視聴者が自分で見出すものだと思うのはやっぱり私が“見せたいもの”などというものを考えないからなんですかね。
見せたいものがあったとしても見る価値が無い人もいれば、適当に何も考えず作られた中からも素晴らしい価値を見出す人もいるかな、と。

>キャラクター至上主義
>キャラがまずいて、そこに世界がついてくる
世界があるからそういうキャラが生まれるというのとは対極ですね(笑)。
実際私が特に好きになる物語って、その世界全体に流れる空気みたいなのが気に入った時が多い気がしますし。
安心できるというか自分もそのキャラの輪というより世界自身に入り込みたいというか。
[ 2007.09.19(Wed) 04:48] URL | halogen #rKgl1FOk | EDIT |

>「見せたいもの」であっても「伝えたいもの」ではなさそうかな
 この辺もそうですねー。私はそういうのも含めてテーマとして認識してるけど、そうじゃない人のがむしろ多いかもわかりませんねー。

 見せたいものっていうのもまあ、なんていうか要するに「ウチの店は鶏肉料理が売りですよ」くらいのポリシーがほしいっていうような感覚なんですね。そこで豚料理を頼むのはお客さんの自由だし、その店のデザートが気に入る人だっているかもわからない。
 ただ、売りである鶏肉料理の味は殊更に宣伝しなくても食べれば「ああ、これがこの店のイチ押しなんだな」ってわかるような、そういう店であって欲しいっていう。
 わかりづらい喩えでなんともアレなんですけどw
 まあhalogenさんは自分が好きなものを食べたいから別にその店が何を売りにしていようとカツカレーを食べるぜ!くらいの勢いでしっかりと食べたいものが決まってるからそういうのは押しつけがましいというか、余計な情報なんでしょうかねー。好きなもん食わせて、って感じ。
[ 2007.09.19(Wed) 21:55] URL | むにゅ #mYbggkm6 | EDIT |

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