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2007年03月15日 ()
がくえんゆーとぴあ まなびストレート! 火曜 27:10 TVO
第10話「集う仲間たち」

 うーん。なんとも。微妙。

 
 飽きた、というか、やっぱり見えているものと感じるものとに「ズレ」が生じている、というのが正直な感想です。
 第5話以降、ずっと気になっていたことがここで一気に表面化した、というかなんというか。

 まず「ともだちから仲間へ」っていうキャッチフレーズがそれ。
 みかんと芽生の関係性の変化っていうのはむしろ逆で、「仲間から友達へ」というものじゃないの?とまずそこでツッコミをいれたくなったわけなんですよね。
 一緒に何かをやる中でお互いに忌憚のない意見を言い合える関係になることで友達になる、というのならわかるんだけれど、まず友達になんないと話にならない、みたいな流れになってるのがまず引っかかったんですよね。

 それよりちょっと前から気になっていたのがまなびの「溜まり場」発言。あれは第2話のことでしたか。
 あれ以降、いろいろと企画やなんかは確かに増えたりなんだりしてたんですが、一向に「みんなの溜まり場」となった形跡がなかったんですよね。私の気のせいでなければ、第3話以降、結局生徒会室にはまなび達以外立ち寄ってお茶したりしているような描写は見られずじまいでした。
 そのことによって、薔薇の館が山百合会メンバー以外にとっては敷居の高い場所であるように、なんだかんだで一般生徒にとって生徒会室っていうのは「違う世界」でありつづけていた、という印象を受けたわけですよ。
 だからこそ、署名を集める際の生徒たちの無関心もある意味当然のこととして受け止めることはできたわけなんですが。

 そうなってくると、それまで生徒会がいろいろ企画したりなんだりしたことっていうのは実際のところまともに機能したのだろうか、という疑問が浮かんできてしまうんですよね。
 第2話以降、生徒会に要望を出す人が増えたりというものはあったけれど、それが実際に反映されたのかとか、「学園対抗ドッジボール大会」は成功したけれど、「学園対抗」ということはそのドッジボール大会に参加した一般生徒っていうのは限られた人数であることは間違いないわけで、それ以外の子達はどうしていたのか、とか、そういう部分での「その他の人達」に対するフォローは全くと言って良いほどされていません。
 敢えてそうしたのか、そうせざるを得なかったのか、特に考えてなかったのかはわかりませんが、結果として少なくとも自分は生徒会メンバー達の「盛り上がりっぷり」と「その他の生徒」との温度差というものを感じざるを得ませんでした。

 最終的に、第2話で手伝ってくれてた人達…つまりあの時に「分かってくれた」人達…はちゃんと来てくれていたわけで、それは良いです。
 で、その他の浮動票だった人達っていうのはやっぱり「よく分かってはいないけどなんとなく楽しそうだから」から集まって、「結構楽しいじゃん」になった人達、と考えることはできるんだけれども、そうなると第2話当時から昨日までの間、生徒会は事実上一般の生徒たちと仲間以前の「ともだち」すらろくに増やせていなかったということになってしまうんではないだろうか、なんて思っちゃったり。
 まなび達の生徒会が積み重ねてきた3ヶ月、というものをもう少ししっかりと描写してきてほしかったです。

 そんな状態で結果的に76%の署名が集まったとか言われても正直、「えー」って気分は否めない。
 それは何より、自分があの場にいたとして、署名をする気になるかっていうとやっぱりならないっていうのがあるからです。確かに今までまなび達は「大切な仲間と何かをする喜び」は教えてくれていたけれど、一般生徒である「わたし」はまだ仲間じゃないし、それ以前に友達ですらない。顔も覚えてもらってない。もちろんそれは自分の怠慢もあるけれど。

 あと、私はイベント前にあれこれ考えるのが一番楽しくて、いざ本番になるとバテちゃって楽しいより「疲れた」の方が勝っちゃうってのがあるんで、やっぱり学園祭とかをめいっぱい楽しめるタイプじゃないんだなーと実感してなんだかやるせない気分になりました。

 それと、時計塔爆発は確実に誰かの工作だろうとか、生徒会室(跡)が出入り自由って危ないだろとか、同様に寮の方もあんな老朽建築物本当に大丈夫なのかとか、そういうのが妙に気になってしまうが不思議です。
 そういうことを気にしないですむくらいの勢いがほしかったというか、半端にツッコミどころが多いあたりも若干気になるところです。

 やろうとしていることはわかるし、全体として質が高いのも相変わらずであるとは思うけれども、何かこう些細なところが「気になってしまう」という部分に違和感を感じてしまっている現状、修正が効くかどうか。それとも自分の視点が完全に演出の方向性から外れてしまうか。ちょっぴり不安。


★TBありありあり。
こういう真っ直ぐすぎるテーマを→アニよりすぐれた弟なぞ存在しねえ! さま
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[2007.03.15(Thu) 23:38] 未分類Trackback(1) | Comments(7)
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COMMENT

こちらこそ。 by むにゅ
じゃあまず、空気を読むことから学んでみましょうね★

by 中谷@無重力
 チャベスさんも言っていますが、この作品はテーマが王道なだけに料理が難しいんだろうなと思ってみています。へたをすればありきたりになるところを面白く作っているからすごいなと思うのですが、毎回毎回すごい出来にはできないんじゃないかと思ってみています。失速しているといわれると反論できない気はします。
 最後に「良かった」と思える内容になるかどうか、下手をすれば「いまいち」な作品になってしまうだけに、すごく注目してみています。序盤で結構面白く見せてくれたので、私はきっと面白く終わってくれると思いたい作品です。
 いろいろと「違和感」があるのはもっともですが、それを全部ふっとばすパワーで見せてほしいと私は期待しています。

>中谷さま by むにゅ
 内容というか、テーマ自体はやっぱり当たり前のことであるわけですからねー。
 この作品では「丁寧な表現で感情移入させる」ということよりも「ぶっとんだ描写で主観的な表現を究極的にする」という方法を選んでますから、それが今回抑えられてしまった事でどうしてもそういう評価をされてしまうのだとおもいます。
 「アラの部分は勢いでカバー」というスタイルが崩れてしまった点ではやっぱり「失速」という表現は否めないのでしょうか。
 
 私としては、あまり気にしてません。締めだけしっかりとやってくれれば問題ないかな、くらいの気持ちでおりますですよ。

by しゃおみん
原稿終わったのでまなび観ました。のでとりあえず気になった部分だけ。

「ともだちから仲間へ」なんだけど、まなびの目的は「ともだち100人できるかな」ではなくて
学園祭の目的も「みんな友達になろうよ!」ではなく「みんなの力でどこまでできるか試そうよ!」だったのではないかなぁ。
この場合「ともだち」っていうのは、個人々々の交友関係を指すのではなく「ともだちのともだち」が集まって、という意味が適切だと思いました。
実際まなびは学園祭を通して友達作ってたようにも見えないしね。

友達=遊び相手、駅前のダンスパーティなら友達で充分なわけで。
仲間=何だろう?適切な言葉が出ない、ただ楽しいだけじゃなくて、迷ったり悩んだり、その上もっと楽しい。
私も学園祭は楽しまなかった口だけど、こういう観点から接してればもうちょっと楽しめたんかなー、とか思ったり思わなかったり。
後に同人とかで実感する事になっている事に今気付いたくらいやけど。

まぁとにかく、みかんかわいいよね。あいぽん。

by むにゅ
 「ともだち」については語彙の定義の問題ってわけなのね。
 私は「ともだち」は「一緒に笑い合える相手」で「仲間」は「物事を解決するためのチーム構成員」というイメージが強いから違和感を感じるんだと思うんだ。
 「ともだち」は「楽しい」が前提だけれど、「仲間」は「任務達成という目的の為に互いの役割を最大限に果たす」ことが重要であるっていう認識で、そこには「楽しい」という要素を必ずしも含む必要はないっていう。 

 私としては、こういう関係性って「戦友」っていうイメージで受け取っているのさ。「楽しい」の共有よりも、「同じ釜の飯を食べ、共に困難を乗り越えていく中で互いの信頼関係が構築されていく」っていうプロセスがね。
 まあいずれにしてもただの「ともだち」より一段階次元の高い関係って意味では同じようなものなんだろうけど。


 駅前のお祭りじゃダメ、学園祭でなくてはならないっていうのは「誰かから与えられた」ものじゃなく、あくまで自分たちで作り上げるからこそ「深く記憶に刻まれる」感動があるってことを言いたかったんだろうと思うんだけれど、それを感じ取れたかって言うと微妙なんだよねぇ。
 
 あと「みんなの力でどこまでできるか」というか、まなびは「みんなで何かをする」のが楽しいからやってるんであって、できるできないというのは問題にしてなくない?
 1人でやるのは楽しくない、だからみんなでやろうということであって、みんなでならでかいことできるよ、っていう文脈はなかったから。

 「同人誌を作る」のと同じノリだっていうのはそうだと思う。同人誌の完成度うんぬんよりも、それをみんなで作るっていう「共有感」が一番問題であるってことなんじゃないかな。
 って言う感じでどうでしょ。

by しゃおみん
「戦友」でいいんじゃないかな、最終回の空港シーンとか。
友達<仲間、じゃなくて友達であり仲間?どっちが上じゃなくて?
どうもあのコピーのせいで友達<仲間って言いたいような気がしちゃうのは仕方ないよね。
そこは造りの問題だろう、素材はいいけど尺は足りなすぎだったかなぁ。一晩で76%はちょっとね…

by むにゅ
 うにゅ。戦友だよね、あの表現は。

 私は「仲間」というのは「チームとしての信頼感」がメインだと思ってるから、そこに「友情」は必ずしも必要じゃないのよ。例えば漫才コンビとかにおける相方は「仲間」であって、「ともだち」じゃないでしょ。もちろん「仲間であり友達」という例もあるけれど、友達じゃないと仲間になれないわけじゃない、と。
 でも、このアニメは「ともだち→仲間」っていうプロセスをコピーにしちゃってるから、ともだちが進化して仲間に、というイメージを与えてしまう、ということね。
 とはいっても、日本で一般的な価値観として「仲間⊂ともだち」で、仲間という範疇にともだち分が含まれている感じだから、私が異端なんだろうとは思うけれど。

 結局尺が足らないってのは同意。時間をかけるべきところでかけられないってのは痛かったねー。せめてまなびがもっと前からいろいろと下地を作ってれば説得力も出たんだけど。

 

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じゃあまず、空気を読むことから学んでみましょうね★
[ 2007.03.15(Thu) 23:51] URL | むにゅ #mYbggkm6 | EDIT |

 チャベスさんも言っていますが、この作品はテーマが王道なだけに料理が難しいんだろうなと思ってみています。へたをすればありきたりになるところを面白く作っているからすごいなと思うのですが、毎回毎回すごい出来にはできないんじゃないかと思ってみています。失速しているといわれると反論できない気はします。
 最後に「良かった」と思える内容になるかどうか、下手をすれば「いまいち」な作品になってしまうだけに、すごく注目してみています。序盤で結構面白く見せてくれたので、私はきっと面白く終わってくれると思いたい作品です。
 いろいろと「違和感」があるのはもっともですが、それを全部ふっとばすパワーで見せてほしいと私は期待しています。
[ 2007.03.19(Mon) 03:25] URL | 中谷@無重力 #- | EDIT |

 内容というか、テーマ自体はやっぱり当たり前のことであるわけですからねー。
 この作品では「丁寧な表現で感情移入させる」ということよりも「ぶっとんだ描写で主観的な表現を究極的にする」という方法を選んでますから、それが今回抑えられてしまった事でどうしてもそういう評価をされてしまうのだとおもいます。
 「アラの部分は勢いでカバー」というスタイルが崩れてしまった点ではやっぱり「失速」という表現は否めないのでしょうか。
 
 私としては、あまり気にしてません。締めだけしっかりとやってくれれば問題ないかな、くらいの気持ちでおりますですよ。
[ 2007.03.20(Tue) 18:09] URL | むにゅ #mYbggkm6 | EDIT |

原稿終わったのでまなび観ました。のでとりあえず気になった部分だけ。

「ともだちから仲間へ」なんだけど、まなびの目的は「ともだち100人できるかな」ではなくて
学園祭の目的も「みんな友達になろうよ!」ではなく「みんなの力でどこまでできるか試そうよ!」だったのではないかなぁ。
この場合「ともだち」っていうのは、個人々々の交友関係を指すのではなく「ともだちのともだち」が集まって、という意味が適切だと思いました。
実際まなびは学園祭を通して友達作ってたようにも見えないしね。

友達=遊び相手、駅前のダンスパーティなら友達で充分なわけで。
仲間=何だろう?適切な言葉が出ない、ただ楽しいだけじゃなくて、迷ったり悩んだり、その上もっと楽しい。
私も学園祭は楽しまなかった口だけど、こういう観点から接してればもうちょっと楽しめたんかなー、とか思ったり思わなかったり。
後に同人とかで実感する事になっている事に今気付いたくらいやけど。

まぁとにかく、みかんかわいいよね。あいぽん。
[ 2007.03.31(Sat) 08:21] URL | しゃおみん #8IQ77uOI | EDIT |

 「ともだち」については語彙の定義の問題ってわけなのね。
 私は「ともだち」は「一緒に笑い合える相手」で「仲間」は「物事を解決するためのチーム構成員」というイメージが強いから違和感を感じるんだと思うんだ。
 「ともだち」は「楽しい」が前提だけれど、「仲間」は「任務達成という目的の為に互いの役割を最大限に果たす」ことが重要であるっていう認識で、そこには「楽しい」という要素を必ずしも含む必要はないっていう。 

 私としては、こういう関係性って「戦友」っていうイメージで受け取っているのさ。「楽しい」の共有よりも、「同じ釜の飯を食べ、共に困難を乗り越えていく中で互いの信頼関係が構築されていく」っていうプロセスがね。
 まあいずれにしてもただの「ともだち」より一段階次元の高い関係って意味では同じようなものなんだろうけど。


 駅前のお祭りじゃダメ、学園祭でなくてはならないっていうのは「誰かから与えられた」ものじゃなく、あくまで自分たちで作り上げるからこそ「深く記憶に刻まれる」感動があるってことを言いたかったんだろうと思うんだけれど、それを感じ取れたかって言うと微妙なんだよねぇ。
 
 あと「みんなの力でどこまでできるか」というか、まなびは「みんなで何かをする」のが楽しいからやってるんであって、できるできないというのは問題にしてなくない?
 1人でやるのは楽しくない、だからみんなでやろうということであって、みんなでならでかいことできるよ、っていう文脈はなかったから。

 「同人誌を作る」のと同じノリだっていうのはそうだと思う。同人誌の完成度うんぬんよりも、それをみんなで作るっていう「共有感」が一番問題であるってことなんじゃないかな。
 って言う感じでどうでしょ。
[ 2007.03.31(Sat) 09:09] URL | むにゅ #mYbggkm6 | EDIT |

「戦友」でいいんじゃないかな、最終回の空港シーンとか。
友達<仲間、じゃなくて友達であり仲間?どっちが上じゃなくて?
どうもあのコピーのせいで友達<仲間って言いたいような気がしちゃうのは仕方ないよね。
そこは造りの問題だろう、素材はいいけど尺は足りなすぎだったかなぁ。一晩で76%はちょっとね…
[ 2007.03.31(Sat) 16:35] URL | しゃおみん #8IQ77uOI | EDIT |

 うにゅ。戦友だよね、あの表現は。

 私は「仲間」というのは「チームとしての信頼感」がメインだと思ってるから、そこに「友情」は必ずしも必要じゃないのよ。例えば漫才コンビとかにおける相方は「仲間」であって、「ともだち」じゃないでしょ。もちろん「仲間であり友達」という例もあるけれど、友達じゃないと仲間になれないわけじゃない、と。
 でも、このアニメは「ともだち→仲間」っていうプロセスをコピーにしちゃってるから、ともだちが進化して仲間に、というイメージを与えてしまう、ということね。
 とはいっても、日本で一般的な価値観として「仲間⊂ともだち」で、仲間という範疇にともだち分が含まれている感じだから、私が異端なんだろうとは思うけれど。

 結局尺が足らないってのは同意。時間をかけるべきところでかけられないってのは痛かったねー。せめてまなびがもっと前からいろいろと下地を作ってれば説得力も出たんだけど。

 
[ 2007.04.01(Sun) 07:30] URL | むにゅ #mYbggkm6 | EDIT |

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