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2007年01月19日 ()
×Kanon 木曜 25:00 BS-i 
 第16話「真夜中の聖譚曲~oratorio~」

 アニメKanonのテーマは「一期一会」なのかな、と感じてきました。

 2クール目に入ってようやく、主人公である祐一の人間性を理解できてきたような気がします。

 原作では、その恋愛シミュレーション系ゲームとしての性質上、【祐一=プレイヤー自身】であり、プレイヤーがある程度自分自身の思いを投影して補完していくことでそれぞれの【相沢祐一】像を作り上げてくことになります。
 また、ヒロイン同時攻略が事実上不可能である構成から「1人の相手との狭くて深い関係」というのがそのシナリオの方向性ともいえます。

 それがアニメKanonにおいては完全に反転していて、すべてのヒロインと「広くてそれなりの」関係になるのがアニメの祐一。

 祐一という人間は、一緒に遊べる相手なら結構誰でも良いっていうか、誰とでもそれなりに楽しく一緒にいられる一方で、その人本人に対する執着心とか思い入れみたいなものは薄いようです。
 私はそこに、一緒にいて楽しければ誰とでも仲良くなれるという間口の広さと、それゆえの「その人のかけがえのなさ」に対する無頓着さを感じてしまうのですよね。
 「私が死んでも代わりがいるもの」
 そんな言葉が聞こえてきそうな感じです。

 だから祐一がヒロイン達と「想い出づくり」をしている、そういう印象が拭いきれない。
 旅先で会った人と意気投合して一晩中盛り上がって、でも翌日には一切思いを引きずることなく他の場所へと向かう旅人みたいな、そういう印象。

 「君と出会ったことは忘れない。いつまでも俺の中で思い出として生き続ける」 
 みたいな言い回しは良く耳にしますけど。

 そうですか。
 で、あなたはどのくらい私のことを思い出してくれますか?
 思い出にしたまま、心のアルバムの奥深くしまいこんで二度と顧みることなんかないんじゃないんですか。
 新しく出会う人達との楽しい思い出に埋もれて、私の存在なんか古ぼけた数多くの写真の1枚に過ぎなくなってしまうんじゃないんですか。
 思い出す事のない思い出なんて、ないのと一緒。
 常に、とは言わないまでも、折に触れて思い出してほしい。自分のことを思う時間を減らさないでほしい。
 体は一緒にいられなくても、そんな風にして思い出してもらえて、心の中で一緒にいられるのなら離れていても平気ですから。

 そんな風に思っちゃいます。


 とにもかくにも、アニメで描こうとしているのは「一生を共に過ごすであろう大切な相手との出会い」ではなく「ひと冬の出会いと別れ」なのかな、というように漠然と感じてます。
 残りのシナリオがどう進行するかで、また変わってくるかもしれないですが。 


 さて。
 栞シナリオに入りました。
 ここにきて、原作のシナリオ自体の微妙さを実感するようになってきました。

 なんで真琴といい栞といい寿命に時限装置がついてるんだろうか?

 それらの時限装置は期限を設定する事でその「単位時間あたりの価値」を高めるギミックとして働いています。
 つまり「一緒にいられる時間はあまり長くないからその間は集中してね」というメッセージなわけですね。
 ただ、それは諸刃の剣でもあって、「どうせ早々に退場しちゃうんだろ」的な諦観が生まれてしまう可能性は否めません。その代表が香里という存在なわけですが、それとは別に、もう一つのデメリットも時限装置ギミックにはあって、それは「もうじき死んじゃうんだからそれまでは大事にしよう」的な特別扱いをしがちである、ということ。
 真琴編で感じたのがそれです。
 普段とは明らかに違うその扱いは、いわば「最後の晩餐」であり、「今日はみんなで遊園地行こうねー」であり、死者への手向けとしてのもの。その扱いをする時点で対象を「死者」として認識しているのと同義なんですよね。
 本人がそれを喜べるなら別にそれで良いんですけど、自分がその立場になったら「早く死ね」って言われてるようにしか感じられないと思います。
 だってまかり間違ってなかなか死ななかったら負担にしかならないですもん。特別な扱いっていうのは「無理してでも」っていう部分を含んでいるわけなので、それが日常化してしまうことは想定されていないんですから。

 まあでも、わかりやすいんでギミックとしては有効だし、死を絡めることで結末をドラマチックに演出できるから使う方としては楽なのですよね。
 それだけに、安易にそういうことをしてほしくない、と最近は思うようになってきているので、Kanonという作品のシナリオ自体の構造への疑問を感じてしまっている、というのが私の今の心境なのですよー。
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[2007.01.19(Fri) 23:28] 未分類Trackback(0) | Comments(2)
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COMMENT

by 愚兄チャベス
>「その人のかけがえのなさ」に対する無頓着さ
わかるわかる。京アニKanonの祐一ってそういうとこがあるから感情移入しにくいですよね。
これは京アニの描き方のせいでそうなってるんだけど、それ以外に杉田の演技の特性の影響もあると思う。

杉田の演技ってなんか人と一定の距離を置いてるというか、上からものを言ってる感じがするんですよね。
兄貴みたいな接し方といえば聞こえがいいけど、人(ヒロイン)を小バカにした感じすらするんですよね。キョンの時もそうだったけど祐一の時はますますそう感じます。はっきり言って印象悪いです。
コメディやってる分にはうまいんだけど、感情移入させてなんぼのドラマではイマイチですね。

PS版や東映アニメ版の私市のままだったら印象は結構違ったと思います。
私は原作ゲームやってないから東映版で話すけど、私市の祐一はもっとフレンドリーというかヒロインと同じ目線で接してたから好印象だったし感情移入もしやすかったです。

>最後の晩餐
>その扱いをする時点で対象を「死者」として認識しているのと同義
わかる。つい昨日ゼーガ11話を見たばっかなんですけど、アークに残された時間はわずかなんだけど、周りのみんなは最期のギリギリまでアークを「生者」として扱ってたのが良かったですよね。

いっぱい反応どもです★ by むにゅ
 やっぱり、それぞれのヒロインを立てるためには1人だけに重きを置けない、という制約を受けてしまいますね。

 杉田さんの演技については同感です。声そのものがちょっと落ち着いてるのと、相手との距離をおいた喋り方がキョンで確立されてしまった感がありますね。
 しゃほめもの第1話とかもかなり萎えてましたw

 真琴に対する祐一キョンはいつも邪魔くさそうというか、足手まといの子をしぶしぶ相手してるみたいな印象が強かったですね。真琴を好きだっていう気持ちがそこから伝わってこなかった。誰に対しても基本同じに接しているから、ほんとうに好きだったっていう描写を日常からは感じ取れなかったんですよね。

 彼がそういう演技を求められてしているのか、どうしてもそうなっちゃうのかは知りませんけど、結果的にそれで胡散臭さを感じてしまう以上、杉田さんの祐一はミスキャストと思っちゃいます。

 東映版は私市さんなんですね。あんまり馴染みはないですけど、それでも今の杉田さんよりかは良いかもですね。

 
 ゼーガ良いでしょー? 
 アークの消滅とか、ホントは肉体なんかとっくに滅んでるにも関わらずあの存在の説得力の強さは半端じゃないです。一緒の時を生きて行こうっていうみんなの意志が伝わってきますよね。
 京アニKanonはそういうのが足らんです、やっぱ。

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COMMENT

>「その人のかけがえのなさ」に対する無頓着さ
わかるわかる。京アニKanonの祐一ってそういうとこがあるから感情移入しにくいですよね。
これは京アニの描き方のせいでそうなってるんだけど、それ以外に杉田の演技の特性の影響もあると思う。

杉田の演技ってなんか人と一定の距離を置いてるというか、上からものを言ってる感じがするんですよね。
兄貴みたいな接し方といえば聞こえがいいけど、人(ヒロイン)を小バカにした感じすらするんですよね。キョンの時もそうだったけど祐一の時はますますそう感じます。はっきり言って印象悪いです。
コメディやってる分にはうまいんだけど、感情移入させてなんぼのドラマではイマイチですね。

PS版や東映アニメ版の私市のままだったら印象は結構違ったと思います。
私は原作ゲームやってないから東映版で話すけど、私市の祐一はもっとフレンドリーというかヒロインと同じ目線で接してたから好印象だったし感情移入もしやすかったです。

>最後の晩餐
>その扱いをする時点で対象を「死者」として認識しているのと同義
わかる。つい昨日ゼーガ11話を見たばっかなんですけど、アークに残された時間はわずかなんだけど、周りのみんなは最期のギリギリまでアークを「生者」として扱ってたのが良かったですよね。
[ 2007.01.21(Sun) 01:58] URL | 愚兄チャベス #LjveDjGg | EDIT |

 やっぱり、それぞれのヒロインを立てるためには1人だけに重きを置けない、という制約を受けてしまいますね。

 杉田さんの演技については同感です。声そのものがちょっと落ち着いてるのと、相手との距離をおいた喋り方がキョンで確立されてしまった感がありますね。
 しゃほめもの第1話とかもかなり萎えてましたw

 真琴に対する祐一キョンはいつも邪魔くさそうというか、足手まといの子をしぶしぶ相手してるみたいな印象が強かったですね。真琴を好きだっていう気持ちがそこから伝わってこなかった。誰に対しても基本同じに接しているから、ほんとうに好きだったっていう描写を日常からは感じ取れなかったんですよね。

 彼がそういう演技を求められてしているのか、どうしてもそうなっちゃうのかは知りませんけど、結果的にそれで胡散臭さを感じてしまう以上、杉田さんの祐一はミスキャストと思っちゃいます。

 東映版は私市さんなんですね。あんまり馴染みはないですけど、それでも今の杉田さんよりかは良いかもですね。

 
 ゼーガ良いでしょー? 
 アークの消滅とか、ホントは肉体なんかとっくに滅んでるにも関わらずあの存在の説得力の強さは半端じゃないです。一緒の時を生きて行こうっていうみんなの意志が伝わってきますよね。
 京アニKanonはそういうのが足らんです、やっぱ。
[ 2007.01.21(Sun) 03:24] URL | むにゅ #mYbggkm6 | EDIT |

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