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リストマーク D.C.II S.S. ~ダ・カーポII セカンドシーズン~ 第13話(最終回) 「巡り来る季節」 

2008年07月01日 ()
(((σÅσ)))<「なんというホラー…。ガクガク」

(´ω`)<「感動の最終回、という体なのが逆に恐怖をそそる、か。うん、やっぱり俺らにとってこの作品は良くできたサイコホラーというものなのかな」
Open↓

(σÅσ)<「予想通りというか既定路線どおりというか、義之は普通に復活、みんなの記憶もなんとなく戻ってめでたしめでたし、という流れだっけ? ぶっちゃけあんまり集中できなかった」

(´ω`)<「まあそんなところだったと思うが…さて、どうだね、終わってみて?」

(σÅσ)<「義之って結局なんなんだろうね。自意識があるでもなく、ないでもなく。純粋に人のためにのみ存在するお人形さんかな?」

(´ω`)<「どうだろうな。人としての葛藤も持たず、根源的な欲望も持たず。まあ実際どうなのかはわからんけど。義之は恋をするのか? 人に期待し、裏切られて憎んだりしうる存在なのかってのが全く見えてこないから困る」

(σÅσ)<「哲学的ゾンビってやつだよね。表向きには人と認識されるような振舞いをして見せるけれど、それはあくまでも”芳野さくら”というエゴイストが望む”純一のクローン”としてのルーチンワークをこなしているだけで、実際のところそこに心が生まれているのかどうかは判然としない」

(´ω`)<「視聴者としては一応メタ視点で”心らしきもの”を確認できてはいるんだけどな。でもその”心の動き”というものがあまりに薄いというか、彼には他人に対する欲望とか期待がない。あまりも自然体というか、色がない。色即是空というのかな、悟り切っていた仙人みたいな存在で、相手からのエゴをただ受け止める。人からのアクションに心が細波だって、その波紋を相手に返すというレスポンスがない。おそらくそれは老成した精神の為せるわざではなくって、人からのアクションに波立つ自己そのものがないからなんだろうな」

(σÅσ)<「まあ、しょうがないよね。さくらさんの妄想から作られた人間もどきなんだもの。ただ、そういう『できそこないの人造人間』とかクローン体っていうような存在って、他の多くの作品で扱われてて、そういう作品ではオリジナルとは大幅に異なった自我を獲得することが多いよね。んでオリジナルに対抗心を持ったり葛藤したりする。それをもって彼は個性を獲得し、オリジナルとは別の“確固たるアイデンティティ”を確立する。そしてそれを見守る私たちは、その自我の確立をもって彼が“誰かのコピー”ではなく彼自身であることを受容し、祝福する。だけど、この物語にはそれがない。私はそれがなんとも歯痒い。」

(´ω`)<「まあ、純一のコピーっつってもさくらの理想分が多めだからもとよりオリジナルとは似ても似つかない存在ではあるんだけどな。やっぱり、主人公が自分を主張してくれないと思い入れもできんというかなんというか。結局、朝倉姉妹の体の良い心のスキマ埋め具で終わっちまってるんだな」

(σÅσ)<「そういう意味ではやっぱり普通のエロゲアニメとは一線を画しているとは言えるよね。ヒロインにとって都合の良いオトコとしての主人公という存在。終わってみれば、物語の構成としては少女漫画のそれを強く想起させるかんじ」

(´ω`)<「もうどうせならヒロイン1人につき義之1人つけてやれよ、っていう勢いだったもんな。桜の魔力ならそれくらい余裕だろみたいな。義之の“義之同一性”なんてのは多分音姫あたりはあんま気にしてないだろうし」

(σÅσ)<「いっそそのくらいの方が面白かったかも。初音島の人達なら受け入れちゃいそうだし」

(´ω`)<「それにしてもなんだな、義之は春になったら戻ってきて、桜が散る頃には消えるを繰り返すようになるんかな?」

(σÅσ)<「そういう風にも見れるよね。まあそれはそれで良いんじゃない? まさに桜の妖精」

(´ω`)<「そして春の間だけ予知夢に悩まされる由夢」

(σÅσ)<「あれもこわいね。由夢は冬の間、夢を見ることなく過ごせたのかな。悪い夢も良い夢も。彼女にとって夢っていうのは“避けられない未来”そのものであり運命だった。それはひとひらの希望と多くの苦痛によって彩られていて、多くの場合彼女はそれに苦しめられてた。でも、最後の最後で“予知夢”は彼女に明るい希望を与えた。底抜けに意地の悪い希望を」

(´ω`)<「ある意味、二次元に恋するオタの隠喩的存在だよな、朝倉姉妹って。折角義之という二次元王子様が消滅したことでそこから脱却できるチャンスを得たのに、姉はヤンデレ化して自分の中に閉じこもりっきりだし由夢もまた現実に目を向けるでもなく」

(σÅσ)<「さくらさんてほんとひどい人。世の中にいるのって義之だけじゃないよ。それなのにみんなが暗いかおしてるからーとか言ってまたわがまま通して。傷を癒すために魔法を使うでなく、傷の痛みをごまかすための麻酔をよこすだけ。傷は治らないまま。でもしょうがないかな。さくらさんはそれを幸せだとおもってるんだろうし。それを咎める術を私は持ってないし」

(´ω`)<「まあある意味アルカディアだもんな、初音島って。俺も許されるなら初音島行きたいよ」

(σÅσ)<「行ってらっしゃい。2度と戻ってこなくて良いよ」

(´ω`)<「………」

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[2008.07.01(Tue) 21:46] アニメ最終回Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク みなみけ~おかわり~ 最終回 

2008年04月05日 ()
■みなみけ~おかわり~ #13 「みんな揃って、ごちそうさま」

▼おかわりに足らなかったもの。


 ED後のカットも考え合わせてみて、おかわりで描こうとしていたことっていうのは無印の「永遠の楽園」に対しての「変わっていく日々」であるのかな、なんて思ってたら、思いっきり公式HPに載ってたw
Open↓

▼フユキの遺した物
 アスリードへの失望と1枚のハガキ。
 普通に見てたらバッシングに耐えかねて路線変更したとしか思えないけれど、1クールアニメで路線変更なんて実際やってられるんだろうか。できないとしたら視聴者のアクションに対してのリアクションも全部織り込み済みってことになる→アスリードすげえ、となるようにも思えないことはないけど、織り込み済みならそもそもフユキ出さないよなぁ。ホントに何しに出てきたんだろうフユキ。
 一応、千秋との交流で互いの成長とかそういうことをやろうとしてた節はあるんだけど。黒モブと曇天も最終回に向けて「少しずつ晴れていく=世界の広がり」というような演出をしてこうとしてたように感じられないこともないわけで。
 まあ今となっては推測の域を出ないのでこればっかりはどうにも。歯切れの悪い終わり方だー。

▼結局留学は誰が行ったのさ
 ねえ。

▼みなみけという作品が持つ器量
 無印を見て原作者がダメ出ししたとかしてないとかそういう噂を含めて、アニメ版みなみけというものが持っていたポテンシャルというものを考えずにはいられない。
 原作がオリジナルである以上、無印もおかわりも等価な「アニメ化」であり、どちらもみなみけそのものでありながらどちらも純粋な「みなみけ」では有り得ない。では、何をもって「みなみけ」だとするのか。その自己同一性は何によってなされるのか。
 まあ答えは結局「作者がアニメを許した」=「みなみけの看板を掲げることを許した」という一点にあって、「こんなのみなみけじゃないよ!」と言い張ったところでそれがたとえ作者のことばであっても通らないわけで。
 そういう意味でみなみけという作品は意外と保守的なファン層を作ってしまったのだなぁと思わざるを得ない。
 破天荒遊戯とか素敵探偵なら「破天荒ならしょうがないなw」「素敵だからしょうがないなw」で済んでいただろうから(それたぶんちがう)。

▼#13の内容についての話。
 特に言う事はないです。おかわりスタッフの「キャラ把握」はウチとは違うので、どんなに「らしくない」行動をしたところで「こんなの夏奈じゃない!」とか言えない。アスリードみなみけの夏奈はそういう娘なんだからショウガナイヨネ。

 ただ、やっぱり内田の可愛さだけは異常。内田のアホの子っぷりだけは評価されて良い。たとえ本当の内田がどういうキャラだったとしてもまあ可愛いは正義だからね!

 ああそうだ、最終回の春香のビジュアルは良かったと思う。あの開ききった瞳孔とか尖がった輪郭が和らぎ気味で、程好く丸みのある女性らしさが好ましかったです。

▼無印との兼ね合い
 スタジオ・監督なんかからイメージされる理想としては、まったり指向のユルい日常コメディの無印、エロ萌え指向のまいっちんぐコメディのおかわり、という棲み分けができれば言う事はなかったのだと思われるのだけれども、さて。

▼♪経験値上昇中
 ここで無印OP持ってくるのはずるいよね、とか思ったけど、きっと本編と「経験値」を関連付けてすごい感動に持っていきたかったんだろうなー。いや、ざんねん。

▼「過ぎ去りし日々の終着点」
 あの楽しかった日々が糧になって…みたいなことを目論んでいたのだろうけども、いかんせん本編があんなことになってしまったから意味不明な締めになってしまって…これじゃまるでAYAKASHIじゃないか! どうしてこんなことになるまで放っておいたんだ!

■総括
 全体を通して見た「グランドフィナーレ」という形になっていなかったのでどうにもアレではあるんだけれども、無印は純粋に好み、おかわりはいろいろとツッコミつつ楽しめたという意味ではまあ悪くはなかった感じ。なんだかんだでこういう変則的な編成もそれなりに得るものがあったんではないかな、というのもあるし。
 ただなんだろう、アスリードはもうトリは取らない方が良いだろうねーとか、そんな感じ。先にやりたい放題やれてたらどうなったかなーとかいろいろ興味は尽きないというか。

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[2008.04.05(Sat) 18:28] アニメ最終回Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク ARIA The ORIGINATION  最終回 

2008年04月05日 ()
■ARIA The ORIGINATION #13 「その 新しいはじまりに…」
 グランドフィナーレとしてはこれ以上なく完璧であったと思います。 
 でも残念!いつも言ってるけど、私、完璧なものはキライなんだよね!(うわぁ
Open↓

 アリシアさんの引退セレモニー。挿入歌が流れ、ゆっくりとARIAカンパニーの歴史が受け継がれていくそのシーンで、本来視聴者は第一期からのアリシアさんとの思い出なんかを走馬灯として反芻しながら万感の想いをもってそれを見守るのが正しいアニメの見方なのでしょうが、私はそれができなかったのでちょっとなんというかもうアレな感じ。
 だって3年前のことなんてもうろくすっぽ覚えてないもの!まあ強く思い入れできない自分のせいなんだけど。
 っていうか、アリシアさんて実はそんなに印象深いことしてないよね。いや、オールで帽子拾ったりとか超絶テクニックと生まれついての「自分の見せ方名人」っぷりとかあるけど、それはウンディーネとしてのアリシアさんであって、「みんなが知らないボク達だけのアリシアさん」的な、素のアリシアさんの姿っていうのははっきりいってほとんど出てこなかったような気がする。せいぜい3期に入ってからの、アリスに突っ込まれた時の頬染めアリシアさん以降の数回くらいしか「ホワイトスノー」でないアリシアさんは見た記憶がないっていうのがあって、まあ普段から素か猫被りかわからないっていうのもあるんだけれども、少なくともアリシアさんは常に「余裕」を装っている節はあって、それはつまり素の自分を隠したペルソナ、まさに「雪のように気高く美しい自分」を半ば無意識的に演出する術を身につけていたのではないかな、とかそういうように思ってしまった。
 もともとARIAカンパニーの面々は天然が入ってるので、計算と天然の境目が周囲にはわかりにくくって、それは良いことではあるんだけれども、でも完璧に天然先行型の灯里と違ってアリシアさんは「素の自分を出すことを恐れている」という印象は拭えない、というか彼女には明らかに表と裏がある。あけすけに見えてその実、弱点を隠そうとし、そしてそれができてしまう器用さを持っている。ARIAカンパニーという「家」にすら人生の伴侶の存在を隠し通すという少々不可解な事実なんかに、自分は不穏なものを感じずにはいられないのである(実際には原作者さんによる配慮とかいろいろあるんでしょうけど)。
 ああ、なんという捻くれた思考であることか。
 ただでもそういう受け取り方っていうのはアリシアさん腹黒説を唱える人たちにとっては結構馴染みやすいところなんじゃないのかなぁとかそういう風には思うのです。喜怒哀楽の感情を素直に出せる人っていうのは他人からのそれを受け止めることができるけれど、そういったものを見せようとしない人というのは、それを出すのを「恥ずかしく思う」、つまりそれを弱さとして認識しているところがある。強くあらねば、という気負いが仮面を被らせる。もちろんアリシアさんのそれは「人を不安にさせないための方便」というのはあるのだけれども、それは逆にアリシアさんが「人の不安な姿を見ると自分も不安になるタイプ」である可能性を示唆しているとも言えなくもないので。まあ単にアリシアさんが過去に何かあったのかもわかんないけど。

 で。
 自分はその「隠されたアリシアさん」「隠そうとしたアリシアさん」をずっと見たかった。
 ARIAというアニメは、主人公に感情移入していく追体験型というよりかは、少し離れた場所からキャラクターの営みを覗き見る観賞型のアニメ。
 視聴者は「惑星アクアに暮らしているヒロイン達の知り合いとして彼らとのひととき過ごす」のではなく、「箱庭に生きる愛らしい生き物たちの赤裸々な姿を眺めて楽しむ」というスタンスが強い。であるがために、その世界観を壊すような闖入者を拒むきらいがある(こういった者は信者と呼ばれる)わけなんだけれども、そういう「覗き見」的な楽しみをするとき、結構重要なのは「他では見せない可愛いところをおいらたちには見せるんだぜ!」的な意識。警戒心の強い動物が自分にだけは心を許すときのなんともいえない昂揚感。まあその根っこにあるものについてはここではあえて触れないことにするけれども、そういう、「特別感」というのは大事なファクターだとおもうわけで。

 こういう方法論っていうのは「萌え論」に直結するんで、純然たる萌えアニメでないこの作品にそういうのを求めるのは若干筋違いであるわけんだけれども、でもやっぱり、人と人との繋がりにおいて必要なのは弱さを見せ合える勇気だとぼくはおもうんだ!
 灯里に甘えるアリシアさんとか超見たかった。お休みだから寝坊しちゃって涎たらしてるところを灯里に起こしてもらったりだとか、先輩さんにドジッ子だったころの失敗談を突っ込まれてあたふたするところとか(これは一応劇中でちょろっと触れたけども)、あまりの忙しさについ灯里の天然ボケにイラッときたりだとか、そういうアリシアさんを見たいんだよ!(妄想乙)
 まあアリシアさんのキャラ的にそういうのはナンセンスだとかそういうのはあるんでしょうけども。

 っていうか、こういう考え方ってたぶんみなみけおかわりのスタッフのそれとちょっと被るんだろうなぁとか思ったらちょっとアレな気分になった。アリシアさんって春香のポジションなんだよなぁ。生理痛で当り散らすアリシアさんとかってフユキ来誕時の春香と同じくらい「キャラに合わない」妄想なんだろうね。まあ私はアリシアさんのことなんて大して知らないからしょうがない。うん。

 
 …。
 内容の話しとこうか。

 後日譚。概ね予想通り、というよりかは完璧に予定調和かなぁ。意外性という意味では、特筆すべきことは何一つない感じ。
 あ、アル君が成長期終わってなかったというのは意外だったかも。
 あ、あと暁フラグって実は立ってないよねとか思ってたけど思ったよりは立ってるのかなぁみたいなのはあった。でもそれと同じくらいにウッディフラグも立ってると思う。
 あ、アテナさんオペラデビューはちょっと意外だったかも。でも考えてみるとウンディーネよりかは芸能界向きなんだよなぁアテナさん。気遣いの人だし、天然癒し系バカキャラだし。
 
 あとはなんだろう。

 アイちゃんの物語は、ちょとみたいかも。灯里よりかは主人公向きな気がする。

 とにもかくにも、グランドフィナーレ。おつかれさまでした。

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[2008.04.05(Sat) 12:57] アニメ最終回Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク true rears 最終回 

2008年04月04日 ()
■true tears #13 「君の涙を」
とりたてて纏めようとして書いてないし推敲もしない予定なの長文な上にかなり読みづらいかと思われます。注意。
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▼石動乃絵という少女と、その兄
 彼女が孤独を選んだ、という石田さんの記事に納得。
 実を言うと、私は最初から最後まで石動乃絵のいう存在を好きになれませんでした。というのは、彼女は実に揺らがない存在であったから。
 全編通して彼女が心を動かしたのはおばあちゃんと眞一郎に対してのみであり、その他の一切に対して彼女は無頓着でありました。ご執心であった雷轟丸に対して墓を作るという対応すらできなかった。それは彼女の強さというよりも、万物に対する無関心さからくる気遣いの不足であった、と自分には感じられたのです。同様に、彼女は実兄である純に対しても非常に無関心であり、彼がどれだけ乃絵のために心を砕き、配慮をしているかを知ろうとはしませんでした。ただこれは家族である、ということを考慮に入れると乃絵の奔放さというのはちょっとばかり幼いだけの甘えである、とみることもできるわけですが、兄がバイク事故を起こした時、彼女は純の胸に飛び込みはしたけれど、それは彼を心配して、というよりは家族の喪失をただ恐れていただけのように見えたし、次の瞬間には眞一郎の動向に心を奪われていた。彼女にとって、純という存在は「庇護を与えてくれる家族」ではあったけれど、それ以上でもそれ以下でもなかった。おばあちゃんのように、彼女に涙を流させるような、彼女の心を震わせる存在足り得なかった。
 おそらく乃絵は、純がもし死んだとしても涙を流す事はない。きっと彼女は兄の死にすら心が震えないことを快くは思わないけれど、そんな自分を許せないということもまたないだろう。ただ淡々とそれを受け入れてしまう。それを純は痛いほどに理解していて、だからこそ乃絵から離れることを決心もした。自分がいなくなったところで、乃絵は生きていける。そもそも自分の庇護など最初から乃絵は必要ともしていなかった。 その事実は何よりも純を傷つけ、やりきれない想いに彼は身を焦がす。そんな乃絵の心をいとも容易く動かしてしまう眞一郎を「許せない」。自分のせいだ、と言う眞一郎を「許せない」。
 自分のせいだと認めることは、その影響力を認めること。乃絵が飛ぼうとしたのは確かに眞一郎が原動力で、純ではない。それが「許せない」。そしてそんな器量の小さい自分も。
 純は比呂美を解放するため、契約を解除する。自分のせいだ、という比呂美に、今度ははっきりと否定する。それは半分本当で、半分は嘘。比呂美の存在は、眞一郎を通して乃絵を動かすだけの力はあるけれど、彼女自身が乃絵に影響を与えることはまずない。かつて乃絵が「あなたは飛べない」と断言した相手である比呂美に、乃絵を突き動かすほどの存在感はない。そう、純は考える。実際にはそうでもないけれど。それでも、純は比呂美への優しさと、ささやかな意地悪の心を持って「あんたのせいじゃない」と言う。比呂美の心を負担を減らすためと、逆に比呂美の「自分のせいだと思いたい」という矜持を傷つけるため。
「あんたのこと、好きじゃなかった。これっぽっちも」
 そのセリフもまた、半分本当で半分は嘘。彼は少なからず、比呂美を好いていた。ただそれは恋というよりも共感に近いものであったと私には思えるけれど、少なくとも彼は比呂美に対して、等身大の器量を感じていた。誰にも揺るがされない乃絵と、その乃絵を動かすだけの強い芯を持っている眞一郎。そういう存在に恋心を抱き、どんな手段を使ってでも自分の目的を遂げようとなりふり構わない狡猾さを持たなければ生きていかれない弱さ。そんな部分を感じ取って、彼は彼女を解放するために上記のセリフを吐く。それが彼のせめてものプライド。

 ってああ、石動兄妹の話してるだけでなんだか満足してきたや。どうしよう。

 いくつか箇条書き。
・眞一郎と乃絵は完全に対等な関係。
 ある意味で「理想的なパートナーシップ」というか、正直老成した信頼関係であってもはや何にも崩される事の無い無敵の関係性なので、見ててつまらんのですよ。人にはそれぞれ異なった弱さがあって、それをいろんな人と補い合うことで生きていくわけですが、彼らにそれが必要になりそうにない。ヒーローとしては良いけど、人間としては完璧すぎて眩しすぎるから、ボクは比呂美とか純とかが好きだなぁ。

・眞一郎と比呂美はいずれ仲上夫婦レベルになれるか。
 眞一郎の照れ屋っぷり(そして朴念仁っぷり)は父親譲りで、比呂美の気性は理恵子ママンに生き写し。まったく!こいつらはまったく!
 まあ眞一郎はこれからも意図せず女の子に優しくしてしまったりして比呂美をやきもきさせるが良いさ。まあ基本比呂美の尻に敷かれて、締めるトコは締める感じかなぁ。
 第2期は2人の子供の物語で良いとおもうよ。

・みよきちとあいちゃん。
 このバカップルめ。まったく!こいつらは(ry
 お前らなんか幸せになってしまえば良いんだ。「愛子と三代吉が幸せになりますように!!」ほうら呪いをかけてやったぜ。ざまあ。

 以下、気になったところチェック。

▼赤(天空の実・夕陽・狛犬の咥えてた布・情熱)と白(雪・純粋さ・冷たさ・高潔さ・雲)
 基本線として、比呂美が赤で乃絵が白。理恵子ママンも赤(ていうかピンク)。
 かつて「雪はキライ」と言った比呂美。比呂美と眞一郎が会い、語らう時刻と差しこむ夕陽。食事時のあたたかさ。比呂美はエロ担当→みなぎる情欲。
 白は孤高の色。また、春には潔く溶けて消える色。穢れの無い、純粋な色。何にも囚われず空を漂う雲の色。その反面、冷徹で冷静、理性を失わない非人間的な色。

▼「見えてますよー」
 マジだ! 見つけた人スゲー。体育館の掃除は念入りにしようね!
 しかし比呂美はホントにお色気要員だなぁ( ´∀`)

▼「あ、できた」
 ただのお色気シーンじゃないよ! 比呂美だって少しずつだけど成長してるんだよ!胸とか(違

▼ブリ大根
 これくらい作れるようになりなさいよーという姑からのメッセージ。食いてぇ。
 

▼本当の涙を取り戻す物語
 人との繋がりがそれを生み出すっていうことでしょうね。乃絵はその切欠を眞一郎から得て、人を見ることをおぼえた。自分が世界を見なければ、世界もまた、彼女の心を震わすことはない。世界とは人と自分との関わりそのもの。
 


 恋物語、というのはそれ自体が「世界を語る」ということに等しいです。恋愛というのはその当事者にとって世界そのものであるから。でもそれだけに、恋愛以外のことについてはおざなりになりがちで、さらに恋愛物語っていうのは主人公とヒロインが結ばれる事をもってゴールとすることが多いために「それ以外に脇役」のことについてはあまり配慮されなかったりします。最近ではキミキスpure rougeあたりがそういう締め方をしたのが記憶に新しいところですが、自分は「みんなしあわせ」嗜好なのと「恋愛成就はゴールではなくスタート」という認識が強いので、結ばれた二人がキスしてめでたしめでたし、みたいなのは苦手なのでttを恋愛モノと位置付けるのが嫌であったのです。

 あと、○○エンドだ、どっちが勝った負けただというような見方をしちゃうと、この作品の美味しいところをまるまる味わわずに終わってしまうのが勿体無いというのもあります。
 この作品において、スタッフさんの意識としては「若者達の恋愛ドラマ」というのがあって、それに西村監督はシムーンで見せた「もがき、悩み、選ぶ」という成長・決断というテーマを絡めた。これが正しい、という答えは出さずにそれぞれがそれぞれの選択をする、というのがこの物語の帰結点であり、その結果として夢を追うことを選んだ眞一郎、自分にとっての「飛ぶ」ことを模索するために1人で歩き出すことを選んだ乃絵、眞一郎の側で生きることを選んだ比呂美。あとバカップルが一組。
 シムーンにおいて、シビュラ達が選んだ道はまさにそれぞれでした。ネヴィリルへの依存から脱して「女」であることを選び、戦災によって被害を受けた子供を育てる選択をしたパライエッタ。マミーナの高潔さを受け継ぎ、その優しさと強さをもってパライエッタとともに進むロードレアモン。愛する者と普通の家庭を築きつつあるモリナス。新たな”世界”を求めて男となることを選んだフロエ。オナシアの精神に共感し、殉教者となることを選んだユン。姉妹の愛を越えた何かを宿したまま現状維持を選んだカイムとアルティ。手に手をとって駆け落ちした(?)リモネとドミヌーラ。そして、彼女達から夢を託されたけれどそれはそれとして永遠に少女で有り続ける呪いと祝福に身を投じたネヴィリルとアーエル。
 彼女達が幸福を享受できるかどうかは明らかではないけれど、ただ、確実に言えることは、彼女達が互いをぶつけ合い、悩み、考え、戦って、そして選んだ答えがそこにあるということ。与えられたものではなく、自らが掴み取った未来。

 シムーンのときはSFファンタジーというガジェットがあまりに突飛でありすぎたために序盤で脱落者を出しすぎてしまったというのもあって、今回はありふれた身近な素材である「少年少女の青春物語」を選んだ、と邪推をしていみるわけですけど、まあ当たらずとも遠からずでありたいところ。

 そうはいっても、どんな受け取り方をしようとも「それが視聴者が選んだ視点」であるならば、それを受け入れるだけの「器量」は持っているのがこのtrue tearsという作品であろう、ということだけは言ってもよろしかろうなのです。それが西村信者の心意気。
 まあでも恋愛モノとしてだけ見ちゃうといろいろ投げっぱなしだったりするとこもあるんですが。

 さあそろそろシムーン見てみたくなってきた人もいるはずだ。DVD買っちゃえー。

 っていうか、考えてみれば比呂美って眞一郎に面と向かって好きって言ってなかったよね、とかそういうことに今気がついたような。ずっと好きだったとか、あきらめたくないとか、待ってるとか、いいよとかそういうことは言ったけど。まあそれ以上の態度と言動はしてるから別に良いんだけども。

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[2008.04.04(Fri) 23:50] アニメ最終回Trackback(0) | Comments(7) 見る▼
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COMMENT

本当になのはさんが嫌いなんですねー(ぉ by まぬけづら
 でもああいう堅固さって脆さと鏡合わせで、張り詰めていたものが消えるとふっと簡単に壊れちゃいそうな不安定感に満ちていると思うのですよ。それこそが、揺らぎかなと。

 実際の乃絵は単に幼いだけというか、お祖母ちゃんが亡くなった直後からあらゆる理解を拒んだままと言いますか、そんな状態で、けれどどこかではそれを理解していて。だから、実のところ硝子のような脆さは持ち合わせていなかった。
 雪のような柔らかさ、変化できる可能性を、きちんと持ち合わせていた。

 僕は純ってその辺彼女を見誤っていたのだと思いますね。眞一郎だから見付け出せた、というのはあるんじゃないかなと。

 眞一郎はほら、あの子って見付け出す天才なので。(乃絵や)比呂美がどっかに消えてもすぐにゴールが分かっちゃう凄い子なので!!

 で、それに気付いたからこそ純は眞一郎を許せなかった、というのもあるのではないかと。自分が足踏みしているうちに先を越されたから、「なんだよ俺でも出来た筈なのに!」的なしょうもない嫉妬だけでなく。

>>彼女にとって、純という存在は「庇護を与えてくれる家族」ではあったけれど、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 これ、どっちなんでしょうね。確かに純は乃絵を守ることに心を砕いて来たけれど、乃絵の方が彼を守っているようにも思えて。
 僕なんかはクロノクルとカテジナさんの関係が頭に浮かんじゃって、うーんといった感じ。連想するものを限りなく間違えているような気もしますが。

>>▼ブリ大根
>> これくらい作れるようになりなさいよーという姑からのメッセージ。食いてぇ。

「眞ちゃんははこういう日(たぶんあの日は寒かった)にシチューじゃないのよ、ブリ大根なのよ」
 というメッセージに僕も見えました(笑)
 もちろん、それは嫌味ではなく遠回しな助言として。まあ煮物って待つ必要のあるお料理なんで、「待つのって体力要るのよね」で土足で比呂美の心へ入り込まないようにというか「うんうん分かる、分かるわー」という無神経さを発揮しないように気を遣って会話をするための触媒だった可能性も無きにしも非ずの様な気がしないまでもありませんけどね!!

>>さらに恋愛物語っていうのは主人公とヒロインが結ばれる事をもってゴールとすることが多いために「それ以外に脇役」のことについてはあまり配慮されなかったりします。

 結ばれるまでの障害、想いを通じ合わせてからの障害。それを乗り越えるのが、恋愛物語の醍醐味ではないでしょうか。
 二人の繋がりがどうとかよりも、それを隔てるものにどう目を向けてどう対処するか。

 でまあ、「大切なあの子との関わり方」に目を向けると当然「想い人以外との関わり方」にも目を向けざるを得ないと思うんですよ。普段はそんなの意識してこなかったことでも、恋愛を通して初めて見えてくる。で、最後に自分が見えてくる。自分がどう在るべきかということに、考えが行き着く。
 ttは少年少女の物語なんですから、大人の恋愛なんか望めない。未成熟な者が成長する様も必要であるわけで、特に思春期なんていうのは面倒臭い。思春期(性を意識する)以前から好きだった女の子との関係なんてめちゃくちゃ面倒臭い。
 やっぱり恋愛をさせなければ、その辺の答え(周囲との関わり方、自分の生き方)って見えてこないと思うんですよねー。や、もちろんここで言う“答え”は一度出したものを撤回してもいい類のものではあるんですが(環境によっても変わってくるし、自身も変化するでしょうし)、人って言うのはそのときどきで自問“自答”することをしなくちゃいけないんだよっていうことを示すためには。

 何かグチャグチャ書いてしまったので、これは一度撤回してうちの方で記事を書くかもしれませんが、ご了承くださいね><


>>まぬけづらさん by むにゅ
 長くてわかりづらい( ’Å`;)
 私もまた乃絵を誤解しているうちの一人であるかな、というような想いが少なからずあって、だから純が乃絵をどう「誤解」していたのかとかちょっとキミの文章からは読み取れない。補足希望。
 
 あと、乃絵の次に難しいのが眞一郎であって、私は眞一郎にも共感よりかは異質感のが強いのです。この二人については、全体的にefの登場人物に抱いたような異質感を持っているといっておくのです。
 作家志望の主人公に幼馴染みとバスケ。唐突に現れた孤独なヒロイン。失われた「感情」と「二人で作り出した物語」。ありふれた素材とはいっても、efとttには共通項の多いアプローチがいくつもあった感じ。

>これは一度撤回してうちの方で記事を書くかもしれませんが
 かもじゃなくて書いてください。断言。もし余裕があるならefネタと組み合わせてとかどうかな、かなー。

了解です('A`) by まぬけづら
 ttの原作はCIRCUSっていうエロゲメーカーの家庭用向けブランド(セガでいうところのソニックチームみたいな開発部署。子会社とかではなく)が作っていて、efはCIRCUSを出奔した人たちが作ったD.C.Ⅱで。

 そんなことを考えると実にややこしいです。原作を元ネタ程度にしか扱っていないアニメ版ttですけど、かといって原作関係者の手が入っていないのかというとそんなことはないのかもー。

 ま、そういう制作の裏事情とかそういうのは無しで記事を書こうと思うのです。近日中に(予定は未定♪)<>

>>まぬけづらさん by むにゅ
 結局のところ、「そうゆうげーむ」を作ろうとする人達の方向性にある種の偏りがあるっていうことなのかしら。
 まあ実際問題、将来設計がしっかりしてる主人公ってアイデンティティ的な意味ではそうそう揺らがないもんだろうし、ヒロインがリア充だったら恋愛的ファンタジィが成り立たないとかそういう構造上の限定があったりするんでしょうけど。そういうところはちょっと考えてみたいとこかもしれない。ストイックな科学者は恋を必要としない、とか。

by まぬけづら
 や、efがD.C.Ⅱへのあてつけなら、ttはefへのあてつけなのかもなー、なんて思ったりするのですよ。

>>結局のところ、「そうゆうげーむ」を作ろうとする人達の方向性にある種の偏りがあるっていうことなのかしら。
 この辺は、

http://mugi4ishida.blog71.fc2.com/blog-entry-1044.html

 にお任せしようかなと。ラノベやエロゲやアニメに限らず、制作側がユーザーのニーズに応えようとすると競合他社で似通ったもの作り出されることがままある、というのはありそうです。

 また、ユーザーのニーズに応えるのとは別に同時代性とでもいいましょうか、複数のクリエイターが同時期に似たような設定、似たようなテーマの作品を同じ媒体で出しちゃうことってよくあるらしいですよ。高橋良輔さんがどっか言っていました。

……むにゅさんが知りたいのはそこ(テーマ、モチーフ)から導き出されるスタッフさん側の思想性とかってことなんじゃろなって思うと、僕にはちょっとお手上げかもー。かもー。鴨食べたい。

呼ばれたみたい? by 石田麦
>「そうゆうげーむ」を作ろうとする人達の方向性にある種の偏り
偏り、というよりは様式といったほうが適当かもしれません。
ラノベにしろその手のゲームにしろ、文章の書き方というのはそれなり決ったテンプレというのがあるものでして、その意味でラノベもゲームもとてもメカニカルに作られているなという印象はあります。
アニメでいえばいわゆるお約束というものですが、それはアニメが数十年の歴史を踏まえて築いてきた文法なのであり、ラノベもゲームのオタク文化の重みからは決して逃れられることはないのだと思います。
ですからいくつかの作品が似通った印象を与えるのは当然でしょうし、何よりオタク文化はそれ自体としては歴史が浅い。もちろん文芸なり何なりのほかの文化との繋がりが皆無というわけではないのですが、オタク文化の特色のひとつとしてその排他性が挙げられる。
だからオタク文化というのは今が過渡期なのかもしれないとも思いますし、その先にさらなる発展があるかもしれません。その前に自滅があるかもだけど。

by むにゅ
>>まぬけづらさん
>>石田麦さん 
 なるほどそういうモノを作るにはそういうモノを作る上でのお約束というのがあるのですねー。

 アニメなりなんなりを作るときの舞台装置にも「構文」というものは厳然として存在していて、それを外れることは保守的なオタには少々抵抗が強い、とそんな感じなのですかねー。
 まあ実際、非処女で服飾系デザイナー志望の自立志向ヒロインが主人公とオサレな恋愛をして、より高みを目指すために主人公を振る、なんていう文法はどう考えてもオタの皆さんの心の琴線に触れるとは思えないわけで。そう考えると似たような素材をいかに魅力的なコンテンツに仕立て上げるか、というのは外から見るよりやはり大変なことなのでしょうね。
 やっぱりなんだかんだで先詰まり感というのはある気もしますし、自滅もない話でもないかも。

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リストマーク ハヤテのごとく! 最終回 

2008年03月30日 ()
■#52 「RADICAL DREAMERS」
「おいおいマジかよ…、アニメハヤテとは思えない脚本の練りじゃねーか…」
「ちょっと胸にきゅんときちゃいました…」
Open↓

「最終回くらいは見てやろうと思ったら思わぬ拾いもんだったな。実に良いラブコメだった」
「個人的にはハムヒナの百合が一番気になっちゃったんですけどね」
「何気に吊り橋効果発動してっからヒナ的にはアドレナリン分泌しまくりなんだよなw やっぱハムはヒナと絡むと断然良い仕事するわ」
「ですよね~。今回のヒナさんの可愛さはちょっとムラムラっとしましたよ!」
「そうだな、あの鎖骨と二の腕はかなりポイント高かったよな。ヒナってなんだかんだでエロ要員してるよなぁ」
「ちょ、そっちの方ですか…。そりゃどう見たってエロMAD用素材です本当にありがとうございました的なカットは満載してましたけど」
「あー、オレそこはダメだったわ。バックからどうぞなヒナの体勢だの白い液体ぶっかけだの、あんなに露骨に出されてもな…。自然の中にエロは溶け込ませないといかんよ」
「まあ、そういう直接的な萌エロが世の流れですから…」
「しかしなんだな、あんなピッチピチなヒナも10年後には自堕落な飲んべえになっちまうんだなぁ…」
「なんでそーいう盛り下がること言うかなー…」

。。。
「で、本筋の方なんだがコレって原作準拠なん?」
「どうなんでしょ? 結構物語の根幹に関わる問題ですから原作者の手になっていて欲しいな、というのはありますけど…。なんといってもナギちゃんにとっては運命の出会いなわけですから」
「ん? 違うだろ、ナギはあれをハヤテとは思ってないんだから。ハヤテはあれを自分の胸にしまっとくだろうし、ナギは幼少期の人格形成と男の好みに大きく影響を受けたとは思うがただの【想い出に残る素敵なひととき】としか思ってないはずだしなぁ。白泉社の逆ハーレムものならものっそいアドバンテージだろうけど」
「そっかぁ…。生涯その思い出の共有を自覚することはないんですね。ちょっと寂しいような気もしますけど、それもなんだか素敵かも」
「なんでもかんでもフラグ扱いするより、こういうなんだろな、人間性を豊かにするような出会いと別れの演出っつーのはオレは結構キライじゃないぜ」
「確かに、ナギちゃんにとっては大事な思い出ですよね。ひょっとしたらナギちゃんの初恋なのかもしれないですし」
「ひょっとしても何も、ズバリだろ。だからこそ原作者に関わってて欲しいと思ったんだろ、妹子だって」
「あー、なるほど、そっか。そうかもしれません」
「それにしても…ナベシンはどうにかならんのか? 正直出しゃばりすぎてウザいなんてレベル越えてんぞ?」
「別に、気にしなきゃ良いじゃないですか。知らなきゃそんなに目立たないと思いますけど」
「お前それギャグで言ってんのか? アフロ頭で画面いっぱいに自己主張して目立たないってこたないだろ。だいたいオタアニメ界隈でナベシン知らないなんてモグリだっての。どこに出てたのかさっぱりわからん畑先生を見習え、畑先生を」
「え? 畑先生出てたんですか?」
「スタッフロールに載ってたから、どっかに出てたんだろ? まあ総括EDの年間スタッフロールの方だったから今回だったのかどうかは知らんけど」
「うーん、出てたとわかるとどこにいたのか気になっちゃいますねぇ…」
「まあいずれにしろ、最終回としてはまずまずの締めだったかな。ニ期決定済みだから終わっても終わらなくても同じ、みたいなのも別に問題ないだろし」
「そうですね。個人的にもかなり堪能できました。スタッフさんおつかれさまでしたー」
「おう、スタッフ乙! あ、二期には関わらんでくれて良いからな! 特に川口とナベシン!」
「あはは、辛口ですね…」

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[2008.03.30(Sun) 23:17] アニメ最終回Trackback(0) | Comments(4) 見る▼
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ナベシンって by you-kei(ゆーけい)
シンナーとベンジンを混合したような奴ですか?
それとも
ナンシーが開発した次世代環境保全型有機溶剤ですか?
ひょっとして
リベンジに続く新しい用語とか

お久しぶりです。某アニメ界のモグリ野郎事you-kei(ゆーけい)でございます。
あーそうそう、先日はうちのがお世話になり申した。
最近エレメンタル・ジェレイドにはまりつつあります。
炉座晩はどうしたって話ですが。
でね、
エレジェレね、何気に某「天空の城」テイストなんですが、興味なし?
そーすかぁ。

>>局長 by むにゅ
 モグリな自覚があるなら半年ROMれ。

 せめてナベツネあたりと絡めてニアピン獲得くらい目指してください。ツッコミづらい。ボケを思いつかないなら黙っておくことも時には必要です。
 
 エレメンタルジェレイドってアニメでも3年前っスよ。かなりの勢いで忘れかけてるんですから特に言及できないです。クー可愛いよクーとか言っても多分反応ないんでしょうけど。つーかロザバンは2期決まったんだから今こそ攻勢かけろって話でしょうよ。私はもう見る気ないけど。
 天空の城ってドラクエ5だってもう何年前だって話ですがな。いやそこはジブリだろ、目が!目がぁ!とかそういうことを言いたいのでしょうけど、そうは問屋が卸さないのです。ウチは常にマイナーメジャーを標榜するひねくれブログなのです。
 天空の城って松本あたりにあったような気もする。

まじで? by you-kei(ゆーけい)
僕が「天空の城」っぽいと感じたのは目が!目がぁ!とかそういうことなんかじゃありません。それこそだれだってできます。僕もマイナー路線に精進邁進を重ねるものであります。そんな輩がそんなものに喜びなんて感じません。

>>局長 by むにゅ
 結局どの天空の城やねーん。
 誰にだってできるくらいに知名度があるというのはネタに乗ってもらえやすいということでもあるのでそういう流れを期待してやるぶんには良いと思うのです。ネタをスルーされる淋しさもあるのだー。

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リストマーク 狼と香辛料 最終回 

2008年03月29日 ()
■狼と香辛料 #13 「狼と新たな旅立ち」
「んー? なんか拍子抜けじゃね?」
「むむ…、なんというか、結局のところ、甘ったれロレンスとしっかり者の恋女房ホロの仲良しっぷりを延々と見せつけられてきただけって感じですね…」
「……」
Open↓

「うわ最悪っ! こいつ寝てやがるっ」
「ね、ねてないわよっ!」
「あー…、おねえさまには少々退屈でしたかね…」
「………? え…、何? 終わったの?」
「とっくに終わってるっての。つーか眠たいなら布団敷いて寝とけよ」
「…ああ、そう、そうなのね。うん、おやすみなのね、おやすみー」
「本気で寝た!」
「良いから寝かしとけよ。どうせ何も覚えちゃいねーよ」
「ですね…。そっとしときましょう」
「で? 妹子的にはどうよ? 面白かったか?」
「うーん、まあ全体的にはホロとロレンスの軽妙なやりとりは楽しく、ホロはひたすらに可愛かったと思いますけどねー。ただ…」
「ただ?」
「ロレンスの詰めの甘さっていうか、商人としての強かさが見えにくかったのがイタかったかなぁ、とか。まあそれがロレンスの良いとこでもあり、その弱点がホロによって補われることでホロとロレンスの関係が絶妙なものになる、っていう理屈もあるのでなんともですけど」
「確かにな。元々こういう駆け引きだの先読みだのの才覚ってのはアニメじゃ表現しにくい類の能力だし、ことロレンスに至っては騙されっぱなしだし。良くも悪くも善人だから、有能な商人とはとても言い難いわなぁ」
「この作品、出てくる女の人がみんなロレンスより芯が強いんですよね。だからこそ、よりロレンスのヘタレっぷりが目立つっていうか…」
「事実上、ロレンスの心は最初っから最後までホロにあるんだよな。だからハーレム主人公的な優柔不断なパーソナリティってあんまこのアニメには意味ないっつかなぁ。なんだかんだでロレホロがベストカップルなのはどっから見ても確定的明らかだし」
「そういう意味ではつまんないんですよね。揺れる男心はあっても、ホロ以外になびくっていうのは考えられないし。ホロを程好く嫉妬させるっていう役割には欠かせない、と考えれば意味を為してないわけじゃないですけど」
「結局、そこなんだよなぁ。ホロが萌え仕草でロレンスを弄る→ロレンスが一矢報いるっていうのをニヤニヤしながら見て終わり、なんだよなぁこのアニメ」
「一応、陰謀劇サスペンス的な楽しみもありましたけどね。中盤は引きも良かったですし」
「それだけに、終盤のグズグズっぷりが悔やまれるんだよな…。狼化しちまえば大抵の危険は乗り越えられちまうわけで、それを許さない状況からは即脱出。今一つ緊迫感に欠けちまって」
「まあ、そうは言ってもやっぱりホロ可愛かったですし」
「萌え描写は格段に良かったからな。やっぱ萌えは強ぇよ。DVDも売れるだろ。んで2期もできんじゃね?」
「終わり方が終わり方でしたしね。大いに有り得そうです」
「まあオレはぶっちゃけもう飽きたんだけどなww2期ん時はオレも姉美と一緒に寝るわww」
「えー………じゃあ私もそうしようかな…」

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[2008.03.29(Sat) 13:48] アニメ最終回Trackback(0) | Comments(2) 見る▼
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by YASBO!
最後に大狼化した時のホロの声が美輪明宏になるって神演出だったら・・・


   (_ _(--;(_ _(--; ペコペコッ ペコペコッ

>>YASBO!さん by むにゅ
 オッコトヌシさま、祟り神にならないで!!

 マジレスすると、個人的にはそっちの方が良いかもです。人間体さえ可愛きゃ狼体が美輪さんだろうがわかもとだろうが私は構わないと思いますよー。
 まあ世間的にはホロがジブリって絶望した!になるんでしょうけどねw
 

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リストマーク GUNSLINGER GIRL -IL TEATRINO- 最終回 

2008年03月29日 ()
■GUNSLINGER GIRL -IL TEATRINO- #13 「そしてピノッキオは人間に」
「やー! 実に面白かったー! 今期随一の人間描写アニメでしたね!」
「人間描写、ね。確かにお話の登場人物はみな、悲しいくらいに“人”であったわよね。ある者は機械の体を与えられ、心理操作によって偽りの心を刷り込まれた不完全な少女であり、ある者は心の痛みから自らを守るため、痛みに鈍感であろうと心を凍らせる弱弱しき青年であり。どちらも不完全で、不安定で、儚い存在。その存在の危うさこそが美しく、魅力的だわ」
「何言ってるかわかんねぇよ」
Open↓

「アニタちゃんにはまだちょっと早かったかもしれないですね」
「そうね。人が何を抱え、何を求めて生きていくのかという問いの答えの多様性を愉しむにはまだ幼すぎるかもしれないわね」
「んっだよそれ。オレだって立派なレディーだっての」
「だったらあなたはこの作品、さぞや存分に楽しめたわけよね?」
「お、おう。当然だろ」
「あれ? さっきまでは確か、ヘンリエッタやベアトリーチェが居ても居なくても同じみたいな構成がイマイチ、とか…」
「妹子てめ余計なこと言ってんじゃねぇよ!」
「あら、それは珍しく的を射た意見じゃないの。この作品、元々は義体の少女とパートナーの大人をメインに描くお話なのでしょうけど、こと今作については完全にピノッキオとトリエラの対比がメインテーマに絡めて多目に描写されていたから、彼ら以外の存在については、軽くエピソードを散りばめるだけの、いわゆるお当番パートだけでご勘弁という構成になっているのよね」
「あー、そうですねー。たぶんその点については一期の方がきっちりとしてたんでしょうね。見てないからわからないですけど。今期の彼女達って、テーマ自体には関わってるから居なくても同じっていうことはないですけど、薄かったっちゃ薄かったのも事実ですし」
「うちとしては結果的に今作のような方向性は肌に合ったけれど、萌えとか銃器アクションを求めていた人たちにはご愁傷様、という部分はあるものね。それもこれも原作者の意向なのだし、今作で貫いていた――人の業とでもいうのかしら?――側面が元々原作に備わっていたということの証左でもあるのでしょうし」
「言いたいことはなんとなくわからんでもないけど、なぁ…。もっと萌えがあっても罰は当たらないんじゃねーかってのはあるんだよなー」
「私としては十分過ぎるほど萌え要素満載でしたけどね。ピノッキオもトリエラも、それからフランカとフランコも愛らしい人間臭さに満ちてて。クリスティアーノの不器用なお父さんっぷりとかももう、キャー!な感じでしたしね」
「いやだから、そういうお前の中だけの萌えを語られても正直、困る」
「あはは、まあアニタちゃんの言いたいことも良くわかりますよ。実際、幼女萌え的な要素って驚くほど抑えられてましたもん。あれってスタッフ的な限界なんかもあるんでしょうけど、半分以上はでも原作者さんの考えなんでしょうね。一期は萌え路線強めでテーマ的なものがないがしろになってしまったから今度は…みたいな。まあこれは業界の噂を踏まえた穿った見方ですけど」
「そんなもの、放っておけば良いのよ。萌え萌え言ってるだけで脳みそのないオタクの理不尽な好みに迎合する必要なんてこれっぽっちもないのだもの」
「おいおい、資本主義全否定かよww 深夜アニメなんてそういう脳みそのない、下半身でモノを考えるオタの泡銭で成り立ってんのに」
「それはそれよ。売れるために萌えに走るも勝手、描きたいものを描くのも勝手。だったら私は描きたいものを描いて欲しいわね。その作者の人となりが見えてきやすいもの」
「そりゃ同人の理屈だろ。まがりなりにもプロなら、まず売れるもんを作らんと話にならないじゃん」
「それはどうかしら。売るためだけに作られたものは商品ではあっても作品ではありえないわ。アニメは商品であると同時に作品なのだから、作家であるところの監督以下アニメスタッフはまず作品を作るということを第1にすべきだわ。売るためのあれこれはプロデューサーが行うべき職務なのよ」
「ええと、どっちも間違った考えではないんじゃないかなー、と私は思いますよー。作品だからといって明らかに売れないものを作っちゃったらお客さんは寄ってこないし、といって売ることだけを考えてたらクリエイターとして何か大切なものを忘れちゃうと思うので」
「それもそうか。っつーか、原作者ってもともと同人上がりだっけな。好きなもの描いてて売れるならそれが一番だよなぁ…。
まぁでも、アニメは漫画が別モンだってことを弁えもせず畑違いの分野にしゃしゃり出て来たっていう無印儲の言い分、オレはそんなに間違ってないと思うけどな」
「その辺の曖昧な部分についてはノーコメント、としておくわ。ただ、結果的に商品としての出来に申し分がなかったかと言えば、手放しに褒めることはできないかしらね」
「うーん、確かに面白かったのは間違いないですけど、DVD欲しいかって言われると…うーん」
「ま、物売るならそれなりのクオリティのモン作れってことだよな。作品にしろ商品にしろ、納得して買う気にさせてナンボだからな」
「兎にも角にも、スタッフさんおつかれさま、と言わせていただこうかしら。願わくば、次回はもう少し余裕を持って製作ができますよう」
「いやもうそれは、業界全体に対して願っておきたいことですねー」

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[2008.03.29(Sat) 13:03] アニメ最終回Trackback(1) | Comments(6) 見る▼
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うしろ指さされてもいいやw by YASBO!
 放映当初から色々言われていた2期シリーズですが、なんだかんだいって良かったと思うのは間違いじゃないんですよね?・・・よね?w
 というより、萌えを求めたにしても1期で萌えるのはオレにはつらい話ですw 1期ですら評判の悪い最終話が一番好かったと思うくらいですしw

 ハッキリ言って義体が幼い柔らか脳の順応性を必要としていても、少女のそれである必要性は無いと思います。けどもそこはエンタメだと思います。作者の趣向は入っているにしても、十二分なそのギャップで物語への関心を持たせる事に成功していると思いますし、その上で美しいイメージとかけ離れたイタリアの現実をベースとして練られた物語がこの作品の肝なのであって・・・云々かんぬんw(逃げw)

 まぁ、終始アニメとして動きがおかしかったけども・・・銃器の動きや挟撃配置もおかしかったという話も(1期も良いとは言えないかとヽ(`Д´)ノ)・・・ヘンリエッタの声・・・というか演技も・・・。

 ぃゃぃゃw お話としてはとても面白かったと思います。1期と2期なら2期です。あと、今月の電撃大王の原作でトリエラの人身売買のシーンがシンクロしてきました。これはアニメで先行させて狙ったっぽい。見事な補完w

 じゃDVDを買うかって?キャラはOKなので動きと色味と車の作画をほぼ全面直してくれれば買いますwww(そこはやっぱ駄目w)

でももう一回言っときます。面白かったです~^^¥

長文失礼しました~(´・ω・)ノ☆

>>YASBO!さん by むにゅ
 ありゃ、一期ってそんなに酷かったんですかw そういえばそんなこと聞いたような。YASBO!さんでもフォローしきれないとは、ちょっと怖いような気になるような。

 少女の順応性云々は言い訳で、結局おにゃのこ描きたいんだぜ!な原作者さんの熱いパトスは十分に伝わってくるのでその事についてツッコミをいれるのは野暮というものでしょうし、銃器関連についてもほんとはこだわりたかったんでしょう。スタッフさんがそれについてこれなかったっていう、それはちょっと残念ですけど。私はそういうミリタリ的な素養がないから不満とかないですけど。

 お話としてはこれ以上ないくらい楽しませてもらったとおもいます。電撃大王のアレコレはアニメに関わってる原作者ならではの良いコラボですね。いや読んでないからわかんないんですけどw

 っていうかYASBO!さんニ期見てたのねー。全然話題に出て来ないから知らなかったよ!

 

苦言 by 山猫
いつも楽しく読ませてもらってます
が、見ていない作品に触れるものはどうかと
見比べれば一期より二期のほうが「萌えより」な作品で
あることはすぐ分かります
(仕草、演出等露骨です)
逆に二期は「たんなる萌アニメ」になっているともいえるかと
バッシングのつもりもありませんが是非一期を見た上で
話されてはどうですか?
個人的になんと見当違いなことを言ってるのかと驚きましたのでコメントさせてもらいました

うしろ指さされるのはオレだけで・・・orz by YASBO!
>>ありゃ、一期ってそんなに酷かったんですかw
 すいません^^; ミスリードしてそんな風に思わせてしまいましたか。まぁ1期はアニメとして酷いか酷くないかで言ったら酷くは無いんだと思います。というか大多数の人は評価が高い(参考Amazon他だけどw)みたいですね。残念ながらオレの評価は多数派じゃないみたいですw
 
1期のガンスリはこういうアプローチもあるよね・・・って感じで捉えてます。絵とかは丁寧だったと思うし、今絵を見比べても1期に軍配が上がりますが・・・なんというか・・・キャラが違う?って感じです。こりゃ完璧主観だw

 とまぁ個人的に1期はガンスリとしてそれほど評価していないというだけですね^^ だから2期への拒絶反応は起こらないのかも。

まぁそんな訳でうしろ指はこっちにw

>>山猫さん by むにゅ
 御指摘ありがとうございます。
 見てもいない作品を引き合いに出して云々するのは確かに褒められたことではありませんね。気を害されてしまったことにはお詫びさせていただきます。
 
 ただ、これからもうちは見てないものに対しては「見てない」と言ったうえで触れていくと思います。
 そしてそんな時は、「見てない人の勝手な先入観、思い込み」として受け取ってくだされば宜しいかと思います。これは作品に対する言及というよりも、作品周りにある「意見や噂」を含めての妄想と思っていただきたいです。
 うちはそういう「下世話な世間話、井戸端会議」も本分としていますので、基本的に・無誠意・無責任な投げっぱなしブログであることをお許しください。

 そしてそれでもなお、作品に対する誤解をどうにかしたい、とお考えの場合は主観ではなく客観的な根拠を示していただけるとありがたいですー。

>>YASBO!さん by むにゅ
 あはは、一期って結局どうだったのかしらん。そういえば声がひどいって言う話はさんざっぱらどっかで聞いたような。絵についてはなんだろう、一期と二期のキャラデについては二期のが自分は好きです。萌え寄りなのは一期のほうなんだろなぁとは思いますけど。

 キャラが別モノであることについてはまあ、描写というか解釈の違いですからそれはしょうがないでしょうね。スタッフも違えばアプローチも違うので。YASBO!さんの琴線に触れるものがなかったならまあ、そういうことなんでしょうね。

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リストマーク キミキス pure rouge 最終回 

2008年03月23日 ()
■#24 「……and meet again」  
「なんだこの茶番ww光一最低すぎww摩央ねえも大概だろww」
「うわぁ…これはひどい…人としてひどい…」
「ここは笑いどころなのよね? なんかきれいにまとめたつもりになっているけれどまとまってないわよね?」
Open↓

「キスしてED流しときゃ感動させられると思ったら大間違いだってのな。オマエラどの口で愛を語ってるんだと小一時間説教したいとこだ。そりゃ女キャストから集中砲火食らうわww」
「女子声優さんたち、結構キツいですねー」
「でも不思議よね。酷さは光一も摩央もそう変わらないように思えるのに摩央の方は特に言及されてないのね」
「いや、それは敢えて触れないようにしてるかと…メインヒロインなのに不自然なくらい話題になってないですし」
「ま、摩央ねえは早めに気がついて決着つけたからな。地味子はクランクアップからこっち、ずっと生殺し状態だったわけだしなぁ」
「あの空気の重さはマリみてのバレンタインギフトを思い出しました…。私だったらああいうのは耐えられないなぁ」
「ま、収まるところに収まったわけだし、お似合いの2人なのでしょ」
「だな。光一に地味子はもったいねーし。甲斐だって摩央ねえには過ぎた男だろ」
「結局のところ、振られたかたちの3人のが良い顔してるんですよね。人間的にも振られた方が成長してる感じですし。ある意味勝ち組っていうか」
「それはあるかもな。一輝と瑛理子は一輝が男前だったから結果オーライになってる気はするけど、瑛理子はどう見たってヤンデレタイプだからちょっと不安になったら手首切りそうだし、光一・摩央ペアは結局三つ子の魂百までっつーか…まあ本人達幸せそうだから別にかまわんけど」
「ただなんていうか、明日夏ちゃんはあれで結構引き摺るタイプのような気がするんですよね。同性のお友達もいない感じだし、ぱーっと発散できれば良いんですけど」
「ま、大丈夫じゃねーの? なんだかんだでケジメはつけたし。そう考えないとやってらんねーし」
「恋の成就か人間的成長か…。急がば回れと言うけれど、失恋もまた、人生という大局から見れば得がたき経験ということなのかもしれないわね」
「結美ちゃんにも明日夏ちゃんも素敵な子ですから、きっと良い伴侶が見つかりますよね」
「…で、最終回直前に唐突にフラグ立ててカプ成立したルル山&いいんちょなんだが」
「いや、総描写時間が5分いってるかどうかも怪しい2人にいきなりくっつかれても、正直言及しようもないっていうか…」
「仲良き事は美しきかな。良いじゃない、幸せな笑顔は多い方が楽しいわ」
「や、だからさ…あってもなくても別にかまわんけど、折角ならもっと時間かけて描写しても良かったんじゃね?って話でさ。中盤のグダグダをもっとダイエットしてそういうのやればとかさ」
「なんでしょうねー。ま、青春群像劇としてはいろんな形の恋愛があって然るべきではあるし、ある意味リアルっちゃリアルな気もしないではないですけど」
「え? リアリティとか考えたら有り得ないでしょう、人間関係のしがらみとか光一と摩央の動向なんて褒められたものじゃないわよ?」
「時としてリアルはもっとえげつなかったりするんだけどなw」
「まあ、そんなこんなでキミキスも終わりましたけど、総評はどんなもんでしょかね?」
「うーん、まあ…普通?」
「そんな辺り障りのない評価されても、正直困ります…」
「いやだって、別に主人公とヒロインは特に祝福したくなるカップルでもないし、2番手カップルにはこれといってパンチがないし…はっきり言ってしまうと、キャラクターに人間的な深みが感じられないから表層的な恋愛典型をなぞってるいるようにしか見えなかったのよね」
「あー、それはオレもそう思ったわー。なんつーか、テンプレ的すぎてオリジナリティがないっつーか、80年代のラブコメドラマをリバイバルしたみたいな」
「確かに、これぞっていう作品ならではの個性っていうものはあんまり感じなかったかも」
「そういえばこれ、元々はキスを題材にした純愛ストーリーとかなんだったかしら? そういうエッセンスは皆無だったわよね」
「キス…あんま関係なかったですね、そう言えば」
「結局のところ、終わってみたら『キミキスらしさ』ってもんがなかったことに気付くんだよな。キャラも展開も実はテンプレ通りで、ただそれぞれの行動の間が悪いだけ」
「あー、それはそうかも。ウジウジ悩む時間ばっかり長くて行動のタイミングが遅いんですよね、摩央姉も光一くんも。そのせいでいらない被害が広がるっていうか」
「ま、そのおかげで人としての器量を見せた振られ組が輝いて見えたわけじゃない? 人生は塞翁が馬、選択された未来が常に最良の未来なのよ」
「アニメ視聴者がみんなその境地に至ってりゃ誰も暴れないんだけどな」
「っていうか、そういう見方しちゃうと、何に対しても全く動じないお地蔵さんみたいになっちゃうと思うんで、私としてはそれよりも感情に素直に従う方が好きかなー」
「それもまたアリでしょ。存分に感情を爆発させることは想い出として脳に記銘され、それが人格に影響を及ぼすのだもの。何にも感動しないっていうのは無と同じことでもあるわけだしね」
「結論としては、2クールもかけた割には薄かった、だな。特に不満はないが、人に薦めるかどうかでいえば薦めないってとこか」
「ですね。ウチ的には青春群像劇としてはtrue tearsを見ておけって感じですし、恋愛モノなら他にいくらでもありますしね」
「まあなんだな、できれば東雲漫画版みたいなエロフェチ要素がもう少しあれば、ってのはあったかな。保健室で膝キスとかそういうシチュエーション的なエロがありゃもっと楽しめたと思う」
「そういう意味では、原作のエッセンスをスポイルしちゃったのかもわかりませんね」

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[2008.03.23(Sun) 19:34] アニメ最終回Trackback(2) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク D.C.II ~ダ・カーポII~ 最終回 

2007年12月25日 ()
■D.C.II ~ダ・カーポII~ 第13話「桜笑み君想う」
これはひどい。何の心苦しさもなく年間ワースト認定できるか。
Open↓

義之が小恋に振られたことも美夏ぴーんち!も気にせず寝坊して、
あまつさえ夢に見るのはさくらであるとか、
学校全体が美夏のために授業ボイコットとかギャグで言っているのかとか、
美術部がバリケード作って~のくだりで「光画部か」と思ったとか、
美夏が何故「あと3日だけ」と言ったのかが気になって仕方ないとか、
小恋が美夏のためにそれほど一生懸命になる意味がわからないとか、
無理矢理バンドEDに繋げる卒業式とか、
ツッコミどころが多すぎるアホベタ展開に苦笑しっぱなしの30分でした。

主体性の欠片もないモブ学生どもの方がロボットなんじゃないのか。ほんの少しの出来事で回れ右して一致団結する有象無象の姿が正直ものっそい怖かったです。いつの時代も、一番怖いのは自分の意思を持たない大多数の「善人」。

このアニメが何を伝えたかったのか、というのは正直わかんなかった。敢えて言うなら、第二期に向けて邪魔臭い不人気ヒロインフラグを消化した、という印象。多分それで全部。

ぶっちゃけた話、今回みたいな脚本で何かしら感動をさせようとスタッフが考えているとしたら、それは視聴者をなめすぎだと思います。それでも満足できちゃう一部の心の広い視聴者さんには本当に頭が下がると同時に、そんな出来のものを許してしまう事に対して若干の憤りも感じてしまうかな。それは甘やかしでしかないと思うので。まあどうせ私はDVDも関連グッズも買わんから別に良いんだけども。

とは言うものの、突き抜けたひどさのお陰でワースト確定って自信を持って言えるのはちょっと良いかも。悪い意味だけど、記憶には残るから空気アニメよりはマシなのかな。

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[2007.12.25(Tue) 23:54] アニメ最終回Trackback(0) | Comments(10) 見る▼
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by halogen
>満足できちゃう一部の心の広い視聴者さん
思いっきり私が該当しそうですね(笑)。
でもまぁ、私は別に出来が悪いと思って見てるわけじゃないですし、そもそも出来なんて気にして見たことはほとんど無いですけどね。
客観的な出来なんて自分に判断できるはずもなし、判断した所で得も無し。
ようは自分が楽しめるか楽しめないか、ただそれだけなのです。

>若干の憤り
に関しては、どんなものでも楽しめるのはいるはず(たとえば「ツッコミどころが多すぎるアホベタ展開」そのものをネタとして楽しむこともできるはず)で、何事でも楽しめない人は哀れな人(=当然自分も含む)と思ってしまうのが私。
そういう意味ではお互い様でしょうか(笑)。

まぁここまでのは個人の勝手な感想ですし、一般的に見て評判は凄く悪いだろうなぁとは思いますけども。
「そんな出来のものを許してしまう事に対して」だなんて思い上がっている人には言われたくない気もします。
私も関連商品は買いませんけどね(笑)。

>アニメが何を伝えたかったのか
例によってそんなものどうでもいいというのが私なのですが、それはともかく。
「何が伝わったか」なら直前の段落で書かれてる感想(怖かった云々)とかも十分該当しそうに思うんですよね。
「何を伝えたいか」はその有無すら分からなくとも「何も伝わらない」ものなんてそうそう無い気もします。

どもですー by むにゅ
>思いっきり私が
はい、全くもってその通りですw halogenさんのポジティヴに何でも受け入れる器の広さにはホントに頭が下がります。
 まあ私も主観で見てるのは同じ。私はストーリー的整合性はあまり気にしないんですが、キャラクター的整合性はどうしても気にしてしまうので、それが軽視されてるとダメ作品扱いしてしまうってのはあります。要は自分は楽しめなかった、ということなんですけど。

 憤り云々に関してはそうですね、結局のところは「見本と実品とのギャップ」とか「提供する側の意識の低さ」の問題なんだと思います。
 例えば【海鮮丼】というメニューがあって、鮭・ウニ・イクラ・甘エビ・帆立・蟹がバランス良く並んで、傍らに箸休めのガリ、という感じの写真が載ってたとします。で、いざそれを頼んでみたら鮭が半分を占めてウニ・イクラ・帆立・甘エビは申し訳程度、蟹に至ってはほぼ殻だけのスッカスカでしかもガリも妙に多くて風味を殺してる状態の物が出てきたら、そりゃ文句も言いたくなろうというものですよ。それぞれの配分が多少増減するのはまだしも、ほぼ鮭じゃねえかと。「鮭好きだから平気」とか、そういう以前の問題ですよ。しかも「ウニとイクラが好きなら超・海鮮丼をどうぞ」とか後付けで言われる始末。それは客に対する誠意を疑っても仕方ないかと。
 お客さんにそういう売り方をして平然としてることに対してそれ良くない、というのを「その店に入らなければ良いじゃない、ダメ出しなんて思い上がってる」と言われちゃうのならまあそれは仕方ないけど、でも私はちゃんと言うべきだと思う、ということです。私はその店の「写真と実品のギャップ」は前例を見て知った上で入ったから別に良いけど、そうでない人が入ることも考えたらそういうことは改善して然るべきだと思います。
 突き詰めた主観(嗜好)のレベルでは相容れないのだから、そうでないレベルでの「商品見本と提供する商品」というのは最低限一致させられる部分ではないかと私は思うんですけどねー。


>何が伝わったか
 これも、突き詰めたら「送り手と受け手の利害の一致」に関係するとこなんですけど長くなるのでまた別の機会に。

by halogen
>ストーリー的整合性
>キャラクター的整合性
私は完全に逆ですね。
物事は原因があって結果があるのなら、物理的なストーリー展開がおかしければもうどうしようもない。
でも人の気持ちの移ろいなんて本人にすら分からないもの、そういう意味で、見れば見るほどそのキャラの新たな一面が分かってくるという感じでいます。
なので、一見違和感・不整合感があったとしても、それはまたその子の別の一面なんだなぁと。
所詮人間の心なんて誰にもすべて理解できるはずなど無いのだから、分かった気になるほど損なことは無いというわけですね。

>「見本と実品とのギャップ」
海鮮丼の喩えは面白いですね。
私は見本を見ずに注文しているから素直に楽しめているのかな、等と思いました。
このお店の海鮮丼は≒で鮭丼なんだなぁ、という。
ちなみに私は鮭大好き(ついでにガリも)なので、その意味でもこの例えはぴったり?(笑)

まぁ次に頼めばウニ丼が出てくるかもしれないというのが批判の主題なんでしょうが、私は味さえしっかりしてたらバランスはどうでもいいですね。
たとえ見本を見て頼んだとしても、美味しければそれは素晴らしいもの。
むしろ毎回違うのが出てくるとしたら、日替わりランチみたいな楽しみ方も出来ますし(笑)。

私が楽しみたくても楽しめないとしたら、たとえ見本通りでも味がさっぱりなものとなるんだと思います。
どれだけ提供側の意識が高かろうが誠意があろうが、不味ければどうしようもないと思ってしまうので。
まぁその場合、私はその店の誠意なんて感じ取れない可哀相な人となるのでもありますけどね。

ちなみに、私はイクラも好きなわけですけど、乗ってると明文化されてる物が全く乗ってない以外なら、ゼロでは無いのならバランスに関してさほど文句はありません。
まして明文化されてないのなら、それはもう乗ってると思いこんだ方が悪いというもの。
アニメ批評に対する批判の一つとして「それは勝手な思い込みだろ」というのがありますが、海鮮丼と見本なしであるメニューを注文して、イクラが乗ってないことに怒りだすのはバカではないかと言いたいわけです。
他の店ではそうであっても、この店は違うんだよ、と。
今回はこの件は焦点でないであろうので、少し話がずれてしまい申し訳ないですが。

>私はちゃんと言うべきだと思う
本人は言いたいことはちゃんと言うのはいいことだと思いますし、私もそういうはっきりという人は大好きです。
筋がしっかり通っているのなら。
思い上がっているとすれば、それを他人にも要請してる風であるというところかなと。
自分はそう思っても、他人が全て同じ印象とは限らない、ということなのですよ。

遅くなりました by むにゅ
>私は完全に逆
スタートから完璧に対極の立場で見てるわけなんですねー。なっとくです。人を描くためになら世界の改変も辞さないというウチの立場はhalogenさん的にはアウトなんですねー。って、このアニメは物理的なストーリー展開的にもぐずぐずだったような気がするんですけど。まあいいや。

>人の気持ちの移ろいなんて本人にすら分からない
おっしゃる通りです。所詮他人の心なんぞわかりはしなくて、目に見える行動・耳に出来る言動からその内面を類推するしかない。わかったつもりになっても誤解だってあるし本当の意味での理解は難しいです。
じゃあ見たままをすべて受け入れるのが良いかって言えば絶対にそうじゃないと私は思ってます。行動に裏にある意思、というものを暗に示すことだってある。なのはさんが魔王に見えたら「ああ、なのはさんて白い魔王なんだー」と思っちゃうか、といえばそうじゃないですよね。それまでの行動や積み重ねの結果を踏まえた上で総合的に「いやなのはさんはみんなのことを心配してるからこそああいう事をしたんだよ」という風に受け取るわけで。いや私は「それまでの積み重ね」というのが今一つ土台として見えていなかったんで「連日の疲れでテンパってたから頭の悪い教え子にキレた」と解釈せざるを得なかったわけですけど。

>見本を見ずに
ですよねー。そうだと思ってましたw

>まぁ次に頼めばウニ丼が出てくるかもしれないというのが批判の主題
近いですけどちょっと違いますかね。ソフトバンクのCMなんかに似た「誤解を誘発する宣伝」という感覚です。
まあでも考えてみたら問題はそこじゃない気がしてきましたー。
「なんだか、鮭とガリが大量に余って傷んじゃいそうだから、本来はバランス良く並んでいるところを鮭多めガリ多めにしてみた」というのがカウンターから見えたような感覚です。
実際どうなのかは問題ではなくって、「そう見えた」のが何より重要なんですよ。人の心なんて所詮わからないわけですから、どう見えたかで判断するしかない。「人気のないヒロイン2人をさっさと片付けて本番は二期だよ」みたいに視聴者に思われてしまうような番組作りが推奨されるわけはない。自分は楽しめたからいーや、で済ますのは簡単だけれども、そういう事を当たり前のようにやるような輩は次は賞味期限切れの鮭を平気で出してくるかもしれないわけですよね。
そういう風に疑われちゃうようなやり方は、店にとっても客にとってもいずれ悪い影響を及ぼすんじゃないの、とそういう感じです。そういうのって筋が通ってないですかね。

by halogen
>なのはさんが魔王に見えたら「ああ、なのはさんて白い魔王なんだー」と思っちゃう
本当にそう見えたのなら、それでも良いと私は思いますけどね。
私はそう言うのに何も言わない人です(と、勝手に思ってるだけかもしれませんが・・・。他人の目から見てそうでなかったら申し訳ないというか、今後の課題ですね)。

>「連日の疲れでテンパってたから頭の悪い教え子にキレた」と解釈せざるを得なかった

そう受け取ったのならそれだっていいでしょうし、それが悪い理由はどこにもないかと。
あくまでもその本人が受けた印象なら、その人に“とっては”正しいこと。
類推するしかない以上、それはあくまで類推であるわけで、間違ってても一向に構わない、というか本当に絶対にそれが間違いだとはおそらく言い切れないと思います。

それに、アニメとしての見せ方で行くとしても、最初にわざと誤解を持たせて、あとからフォローするというのも方法としてはありなんじゃないですかね。
なのはStrikerSがどうかなんて私は知らないですけど。

>「誤解を誘発する宣伝」
それはちゃんと調べてない本人が悪いのでは・・・。
“騙される方も悪い”ではないですが、それこそ表面的にしか事前情報を受け取らずに自分で勝手に思い込んでるだけのような気がします。
中途半端に仕入れている分、余計におかしなことになるという。
真っ白な状態で挑むか、自分で後悔しない程度に完璧に調べつくした状態で挑むかを私なら心掛けたいかも。

というか、この手の話だと私の中に“騙される方も悪い”に近いのが根底にありそうかも・・・。
そんなのは個人が何とかするべきで、だから前回のレスの“それを他人にも要請してる風であるというところ”の一節であり。
余計なお節介、そんなものは自分で何とかするものだろうという感じに思えるんですよねぇ。

賞味期限切れの鮭だって、味が変わらない程度なら知らなければどうということ無いかなと思ってしまいます。
むしろ、きっちり見本通りに出してくる礼儀の正しい店なら、絶対賞味期限切れの品なんて出さないだろうという思い込みの方が危険と思えてしまうのが私。
特に最近はなんにせよ基本的に信用してないのですよね。
そういうのこそ寂しい人なのかもしれませんが、自分で勝手に楽しみを見つけ出す代わりに、痛い目に会ってもそれは自分のせい。
自己責任という奴かなと思ってます。

by むにゅ
>>halogenさん
ずっとアンカー忘れてましたね。失礼しましたー。まあさすがに間違わないとは思いますのでご容赦です。

>そう受け取ったのならそれだっていいでしょう
いやいやいや、良くはないでしょ。「魔王なのは」はあくまでネタであってマジじゃないんですから。笑かそうと思ったのにマジに受け取られるって思いっきりボケ殺しのダダ滑りじゃないですか。
その「スベってる姿」を笑ったから結果的に笑いが起きた、だから結果オーライという面はあるにしても、狙った笑いを取れなかった時点でプロとしてはアウトでは。「笑われてる」を「笑わせてる」の間には決定的な差があると思うんですけど。

>最初にわざと誤解を持たせて
それはだって、作者さんが「それを狙ってやってる」のですから目的は果たせているわけじゃないですか。そういうつもりがないのに誤解されちゃった、だから後から慌ててフォローする、ってどう見ても失敗だと思うんですが。
 アニメ(に限らず映像作品全般)には「どう見せるか」という軸があって、だから「演出」という責任ある立場として確立してます。それは、演出が大事だからです。視聴者にどう見えるか、というのを計算せずに作品は作れない。脚本・絵コンテ・演出・音響・声優さんの演技、どれも「どう見せ(聴かせ)るか=見る人にどういう感情を起こさせるか」を想定して為されているわけで。そういったことが大前提としてあるのに、最初からそれを無視するのはナンセンスです。作品というのは言葉と同じく、何かを伝える為のツールなんですから。
 で、そういう演出を素直に受け取るか、それとも自分とは合わないからと否定するか、面倒だからスルーするか、この角度から見ると気に入るからこの角度からだけ見ようとか、そういう選択は好きにしたら良いです。そこは視聴者の自由。嫌なら見ないのもアリ、文句言いながら見るのもアリです。
 作品を作る人は絶対にそういう「伝えたい内容、伝えたい相手」を想定してます。演出とか演技とかはどうすればそれを相手により理解してもらえるかを考えて、表現する行為。逆に「伝えるべきことが無い、伝わらなくて良い」と思って作品を作ってるなら、それは「理解されようという意思の放棄」であって、視聴者の存在を無視した行為です。
同じように、視聴者が「作者の意思」を汲み取ろうとしないっていうのは相手を理解しようっていう意思の放棄であって、相手の存在を無視してるのと同じだと私は思います。それこそ見た目だけで自分の好みだから好き、と言ってるだけ。相手の長所も短所も見ないで「自分の好きなとこをその人の長所、嫌いなところを短所」だと決めつける行為だと思います。


>それはちゃんと調べてない本人が悪いのでは・
それはもちろんそうです。だからみんな見たアニメが糞だったからって文句は言っても別に訴えたりしてませんでしょ。
でも、だからって紛らわしい広告してもかまわないってことにはならないです。そこには明らかに「悪意」があって、それは許すべきではない。何故ならそれを許したら全てのものに対して疑ってかからなくてはならなくなっちゃう。まず「それが信頼できるのかどうかを確認するという行為」に労力をかけなくちゃいけなくなるからです。
アニメに限らず、何かを得ようとしたときにいちいちそんな事をしなくちゃいけないのと、その過程を省けるのとだったら私は後者のが断然良いし、大抵の人もそう思うと思います。だからこそ、世の中には法律やら常識やら社会通念やらがあるし、お約束とかベタだとかそういう言葉もある。ぶっちゃけた話、何もかも疑わなくちゃいけない社会では、まずお互いの言葉の語彙の擦り合わせからしなくちゃいけなくなっちゃう。
そんなことするよりも「表面的にしか事前情報を得られない状態」でも変に誤解しなくても済むような情報提供を是とする、可不可はともかくとしても、そう心がけるという方向性を目指すのがよっぽど良いと思うのですけど。
 パズルとかでもそうだと思うですよ。解けないパズルは普通作らないです(それはそもそもパズルって呼ばないような気もしますけどまあそれは置いといて)。それは、パズルは解けるもの、という前提があるからそうなのであって、パズルにいちいち「これはちゃんと解けるようにつくってありますよ」なんて但し書きはつけませんよね。パズルは解くもの、解けるもの。それはそのパズルが面白いかどうか以前に守らなくちゃいけない不文律でしょう。もし解けないパズルに出会ってしまっても「ああ、確かにこのパズルには【解けるように作ってあります】って書いてなかったものなあ」なんて軽く受け入れてしまえるんでしょうか。そしてそれが何時間もかけて頑張って解こうとしてたものでも。
「まあでも解いてた時間は楽しかったし良いや」となるならまだ諦めもつくかもしれませんけど、最後に解ける楽しさ、というのを求めて解いてた人のはどういう気分になるか。そういうこと考えてもまだやっぱり「騙された方が悪い」と思えますかね?もしそれでも思えるというならもうこれ以上は何も言うことはないですかねー。

>味が変わらない程度なら知らなければどうということ無いかなと
 最終的にそれを守るか守らないかを決めて良いのは食べる人だけなんですってば。食べる本人がどうしようとそりゃ自己責任だけど、そうじゃない人が勝手に「味変わらないから平気平気」というのがダメなのですよ。
 自分の中でどうということはないと思ってても、対外的には絶対にそれを認めちゃいけないライン。「赤信号は止まれ」というライン。車が来てる来てないじゃなくて、赤信号は止まるものだっていうのと同じ約束事。それを否定したら無用の混乱を招いちゃって、下手すれば回りも巻き込んだ大事故になりかねないわけですから。

by halogen
>「魔王なのは」はあくまでネタであってマジじゃない
だから、ネタとして見る前に本気でそう受け取ったのなら、それはそれで良いと私は言ってるわけです。
受け取り手がどう受け取ろうと勝手。
いやネタじゃない、実際そうなんだと主張する人があってもいいし、そういう人が出てくるのが悪いだなんて私は思いませんね。
それがプロとしてアウトとも思いませんし。

>作者さんが「それを狙ってやってる」
なのはの例の場面の場合、魔王は行きすぎにしても、少なからず“なのはが悪い”と見せようとしてた雰囲気はあったかと。
そのあたりの描き方が明らかにスバル偏重で、挿入歌まで使ってましたし。
そういう意味では、狙ってやってる、にもそれなりに該当しそうにも思えます。

>「どう見せ(聴かせ)るか=見る人にどういう感情を起こさせるか」を想定
だからと言って、こちらがわざわざその想定に乗る必要はどこにもないはず。
敢えて逆を行くのは流石にナンセンスでしょうが、少なくともそんなものを意識しながら見たくはないですね。
とりあえず、私は“何かを伝える為のツール”としてはほぼ一切見ていない、純粋な娯楽として考えてるのでその根本から違うのでしょうけど。
“伝わってくる”ものはあっても、“何かを伝える為のツール”としては見ないというのが私のスタンスなので。
別に意思の放棄と言われようとなんだろうと構わないですけどね。
「自分の好きなとこをその人の長所、嫌いなところを短所」だと決めつけているつもりはないですけど。

>「悪意」
それにあらかじめ気付けと言うのが自己責任。
全てのものに対してある程度疑いを持ってかかるのは当然だと言うのが私の考えなんですよねぇ。
後々自分の不利益になるかもしれないなら、その程度の労力なんて軽いものかと。

>お互いの言葉の語彙の擦り合わせ
実際それがある程度は必要な気もするんですが・・・。

>解けないパズルは普通作らない
それはまた、パズルを一面的に見過ぎではないかと。
確かに普通は解けるモノがパズルかもしれませんが、だからと言って解けないものもパズルでないかといえば、そんなことは無いと私は思います。
確かに一般的に解は1つだという不文律は存在します、と断言していいと思います。

でも、別にパズルに解が2個以上あってもいいし、当然0個でもいいのです。
この辺りは数学と一緒で、もし解が無いのなら、なら何故解が無いのかを証明するのがまたパズルとなりえるわけですから。
世界的パズル家には数学者がかなり多いですし、そもそも解の有無なんて知らないパズルを作りだすのもまたパズル家。
ペンシルパズルならとりあえず適当に数字を配置して、メカニカルパズルならとりあえずブロック(テトロミノとかペントミノとか)を適当に用意してみて。
それで、その問題がルールにのっとって解けるか考えたり、立方体に組み上げるか試行錯誤したりすることなんてザラですよ。
そういうのは、特にパズルの世界だと深みにはまる人ほどそういう傾向があるかと。
なので、私は

>「ああ、確かにこのパズルには【解けるように作ってあります】って書いてなかったものなあ」なんて軽く受け入れて

しまえると思いますね。
本当に解があると明言したり、あるいはそう推測できる文章が無ければ。
そもそも、解けると言うのは解の有無、個数までを吟味してこそ本当の解く、という気もします。
解が1つはあると言う思い込みを無くすことが、まずは大事な問題だと言う。
逆に、仮に先の不文律に従って解を1つ見つけ出したとしても、逆にそれで終わりとは限らない。
もしかしたら2個以上の解があるかもしれないですしね。

というわけで、アニメはともかくパズルに関してなら、ハッキリ「騙された方が悪い」と言えますね。
もちろんそのパズルの質にもよる(最初の例えだと、味というやつですね)でしょうが、質の良いパズルなら、つまり巧妙に全ての解を閉じて0個にしているパズルならなおさら。
というか、それを“騙された”と感じる感性の持ち主なら、「君にはパズルは向いてない」とさえ言うかと。
キミが求めている物はそこには無かったと言う、ただそれだけです。

もちろん私だって一般向けとなる同人誌では、一応解は1つだという不文律にのっとってはいますけどね。
でも、某氏(同じニコリ投稿作家の先輩であり、大学の先輩)の影響でそれはパズルなのかというパズルにはまりつつある現在、その不文律をもどこかで壊したいなと思っているところではあります。

結局は質の問題で、解が0個だろうと1個だろうと2個以上だろうと面白いものは面白く、つまらないものは詰まらないと思うのです。
たとえ解が1個でも詰まらないパズルはダメ。
不文律があるとして、それにのっとった面白さがあるなら、それを壊した面白さもあり。
不文律を壊されること自体が気に入らないと言うのなら、たんにその人には合わなかっただけで、問題が悪いわけではないと思います。
騙されたと感じたのならその人が悪く、でも本質的にはどちらも悪くなく、単に相性の問題かと。


>そうじゃない人が勝手に「味変わらないから平気平気」というのがダメ
それは確かにそうでしょうね。
この辺りの文章だと

“きっちり見本通りに出してくる礼儀の正しい店なら、絶対賞味期限切れの品なんて出さないだろうという思い込みの方が危険”

が言いたかっただけなので。

by halogen
追記

>「どう見せ(聴かせ)るか=見る人にどういう感情を起こさせるか」を想定
私は、制作側の意志として感じているのかは、“何処を楽しんでほしいか”ですかね。
これがそちらの言う“伝えたい内容”かどうかは知りません。
娯楽作品として見ている以上は、やっぱり楽しませることが主眼。
もちろん楽しいには爆笑や面白いや悲しい、戦闘シーンで燃えるとかエロいシーンだとか、色々が含まれるわけですけど。

でも、モノが出来て、それをどう楽しむかなんて見る側の自由。
楽しみ方を強制してしまえば、そんなものは一気につまらなくなるだけ。
作者の想定外の意外な所が広く一般に楽しいこともありますし、その逆もありますし。
私もパズル作家ということで一応クリエイター側にも立ってはいますが、パズル制作においてならずっとこの考え方です。

こちらとして魅せたい手筋(解き方)というのは想定していることも結構ありますが、そんなものは一切気にせず素直に楽しんでくれる解き手さんが、私は一番好きですね。
そうして作者には想像もつかなかったような新たな手筋を見つけ出して楽しんでくれたりするのが、一番嬉しいです。

その手筋が自分と一緒なら、自分と同じ感性を持ってくれている人がいたという点で嬉しいですし。
違うなら、なるほどそういう楽しみ方もあるんだと気付かせてくれる点で嬉しいですし。

わざわざこの作者はどういう手筋を魅せたいのかなぁなんて面倒くさいことして解いてくれる人は、そんな変な気を使う必要なんてどこにもないと思いつつも、それがその人にとって一番楽しいなら別にそれでいいんですけどね。

方向性はどうあれ、別にそれが自分の意図どおりであろうとなかろうと、自分の作ったものに対して楽しんでくれるのが作家として一番嬉しい。
アニメ視聴に関しては、それを解き手、受け手側に回って実践しているようなものです。


ただ、同じく作家として、“魅せたいところ”があるというのは分かるのも確かなんですよね。
で、どうであれ楽しんでくれるのが一番うれしいんですけど、その時自分の意図していない所が楽しまれてるなら、それを今後の自分にどんどん取り入れて。
自分が意図した所があまり楽しまれてないのなら、それを今後の反省材料にするというのが、パズル作家に限らず作り手の成長のあり方かなと、私は勝手に思ってます。

最後にこれだけ by halogen
こちらとしてももうこれ以上引っ張る気は無いのですが、“解けいないパズル”としてパズル業界ではもの凄く有名な一例を。
こんなものもあるんですよー、ということで。
今テレビで見て思い出しただけですが、サム・ロイド自体有名なのでちゃんと昔から知ってましたよ?(笑)
15パズル自身は有名だと思うんで、この話も元々ご存じでしたら申し訳ないです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89

ということで、解けない問題に懸賞金かけてるあたりかなりあくどいです(笑)。
証明には偶置換・奇置換という結構高度な数学的要素が必要ですが、でもこの問題はシンプルさと解のない意外性という点でよく出来てると私は思いますね。
金儲けはさておき(笑)。

by むにゅ
これは確かにひどいですねw
これをユーモアと見られれば非常に良いエンターテイメントですけど、懸賞金目当てに頑張った人たちはさぞや無駄な時間を費やしたでしょうねー。
そういう事実自体知らなかったのでちょっと賢くなりましたです。

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リストマーク 電脳コイル 最終回 

2007年12月02日 ()
■電脳コイル#26(終)「ヤサコとイサコ」
 ヤサ×イサの百合が見れたからそれでもう十分なんですが、大満足というにはあまりにもいろいろと不足&イミフな演出があって若干モヤモヤが残ってます。SF分もう少し減らしてスッキリしてほしかったかなぁ。デンスケ関連の話はなんか腑に落ちなかったですし。デンスケを触れたのはヤサコのイマーゴに反応した4423が触感をともなったイリーガルを現出させた、ということなのかな。

 とにかく後日談があまりにも短すぎて余韻が。
 なんというか、一番根っこの部分であるヤサ×イサをまとめるのが精一杯であとは全部投げっぱなしという終わり方だったのでSF・謎解き関係がわけわけらなくなってる人も多いっぽいですね。
 めんどくさかったら百合だけ見てれば大丈夫!(それは言いすぎ)

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 ヤサ×イサ良かったー。
 特にイサコの言葉はもうたまらなかった。
『私みたいな人間は、いつまでも他人と一緒にいては自分の道が見えなくなってしまう』
 もし自分がヤサコの側にいたらきっと依存してしまう。信彦にそうであったように、甘えて頼って痛みから逃げて、自分一人では立てなくなってしまう。だから私は一人で立てるくらい強くなる。道を見失わないように。ヤサコがつけてくれた「イサコ」という名前に恥じないために。ひょっとしたらもう二度と会うことはないかもしれないけれど、ヤサコがくれたものは確かに自分の中にあるから。
 でも。
『また会おう。同じ道を迷った時に。それまでは、さよならだ』
 もしかしたら道に迷うこともあるかもしれない。そんなときは。またよろしく頼む。
 ああもう、これたまんないなー。ヤサコになら頼める。これから先も相変わらず不器用な生き方を続けて、傷つくこともきっとある。でも、そんな時にも帰る場所があるってそう思えるのは素晴らしいです。うん。ヤサコにだけは弱音を吐ける。そんな関係ってステキ。
 まあ10年後あたりに「あらイサコどうしたの?」「そんなことより聞いてくれヤサコ。あの○○の奴、私のプランを気に食わないとか言いやがって…(グチグチ」みたいなのも悪くないです。むしろご飯10杯くらいいけます。
 
 さて。ヤサコの初恋は4423。
 これは信彦本人じゃなくて、イサコの心の中の、イサコの内面が生み出した信彦(と、その心地良い居場所である空間そのもの)です。つまり、ヤサコが好きになったのは他ならぬイサコの内面そのものと言っても良いんですよね。イサコが大好きな信彦をヤサコも大好きで、それはある意味「ヤサコの描いたヤオイ本に嵌まった」みたいな感じ。イサコがさらけ出した心をヤサコが否定することなく、むしろ好きとキスまでしてのけたわけですよ。
 それってつまり初恋はイサコってこ(ry
 結局その信彦はイマーゴが4423から生み出したものであって、別れなくちゃいけない。それを嫌がったヤサコと、信彦からの自立する予定だったのにヤサコのキスによって嫉妬心を刺激されたイサコからミチコさんが生まれてしまったわけですが。まったくイサコってばヤンデレだな!

 まあなんにせよ、お互いに心の奥底で支えとなる存在になったということでもう堪能させてきただきました。まあヤサコについては基本的に何も解決してない気もするんですが。マユミのこととか。

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[2007.12.02(Sun) 01:30] アニメ最終回Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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